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3 それでも、ほんとうは……③

「イタリア ミラノ行きの航空券です」 差し出された、たった一枚の紙切れが手切れだと悟る。 俺はもう、天見会とは関係ない人間。 藤弥さんの弟じゃない。 ミラノに戻って、元の日常に戻るだけ…… 空港までのリムジンに乗る前に、権藤が言った。 『社長はご無事です』……と。 (良かった) あなたが無事で。 あなたが生きていてくれて…… なのに……… ねぇ? どうして……… 涙が零れるのだろう。 『あなたはもう天見会の人間ではありません。組に残る事は危険を伴います』 権藤が応えた。 リムジンに乗る寸前に。 大切だから、遠くに置くのだと。 大切だから……………… (あなたの判断は正しい) 正しいから、この感情をぶつけようがない。 (ぶつけたくても) あなたがいない。 あなたが…… ……もう、そばにいない。 さよならも告げず。 さよならすら伝えられず。 あなたがいなくなって、いなくなったあなたには、もう会えない。もう二度と…… (俺達の未来が交わる事はないんだ) 景色だけが流れていく。 青空の下で色を失った世界が、後方に流れ続ける。 空港へ向かう道は、こんな時に限って順調だ。 あなたから遠ざかっている。 あなたから遠く離れていく。 きゅっと握りしめた手の中のハンカチは、昨日あなたが暴漢から俺を守ってくれた物だ。 目覚めた時にはベッドの上で、あなたはいなくなってしまっていたけれど。 微かに…… 髪に残った香りは、あなたと同じ香りだった。 ホワイトムスクの…… (あなたの香り) 移り香は、ずっとあなたが俺を抱きしめていてくれた証だ。 手の中の、このハンカチと同じ香り 香りが消えたら、あなたを忘れられるかな?…… 好きにならない………………んじゃない。 「………………好きになってしまったから」 もう、 これ以上…… 「好きになるのが……」 あなたのハンカチで。 ホワイトムスクで。 顔を覆う。 「怖くて………」 零れ落ちた涙 ぬぐう温もりはもう、いない。 ガチャンッ 座席のドアが開いた。 射し込んだ陽の光に目を伏せる。 (空港に着いた?) 違う。 停車したのは道路脇だ。 伸びてきた腕に肩を掴まれて、押し倒されて、背中をシートにぶつけた。 視線がリムジンの天井を映した。 割り込んできた黒い人影。 「寂しいのなら、犯してあげますよ」

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