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勉強会と同じペースで課題を進めて休憩を取る。それを二セット終える頃にはちょうど夕飯の準備をしないといけない時間になった。寝る前にやる所のメモをして勉強道具を片付けていると、短い通知音が鳴ってスマホにメッセージが届いた。残念ながら夏希からではなかったけど、ポップアップで画面に表示された内容を見てすぐにアプリを開く。
『こんばんは。そっちはもう夏休みに入ったのかな?』
メッセージの送り主は俺の家庭教師、成田貴臣さんだった。中学生の頃からずっとお世話になっていて、勉強以外のことも相談できるくらい信頼している人だ。俺にとっては先生でもあり、それ以上に兄のような存在でもある。
大学院生の貴臣さんは去年の秋からイギリスに留学中で、時差や向こうでの学業の都合もあって家庭教師の契約は一旦停止している。
メッセージを少しやり取りして、時間があるみたいだったから通話をすることになった。アプリから電話をかけると、少しして耳触りのいい低い声が聞こえてきた。
『はい、どうも』
「ちゃんとごはん食べてますか?」
『はは、第一声がそれか。うん、そこそこ食べてるかな』
「……倒れない程度に?」
『……まあ、こっちの食べ物は総じてカロリーが高いから、むしろ少ない方がちょうどいい的なね……』
食事に無頓着な貴臣さんはいつもこんな調子だ。頭を使ってるはずなのに一日一食でも大丈夫というか、本人曰く「燃費がいい」らしい。
家庭教師として家に来ていた時も、レポートやら何やらで忙しいのを理由に何も食べてないことが多かった。授業の合間の夕食時にはハルも入れた三人で一緒に食べていたのを思い出す。
『そうだ、彼方。夏休みの予定は?』
「具体的な予定は夏期講習くらいしかないですね。あと勉強合宿とか模試とか、学校関係のやつしか決まってないです」
『なんだ。随分と色気がないなぁ』
「色気って……そんなの求めないでくださいよ」
確かにハルと比べたら色気なんてないけど。女遊びをするくらいなら俺は家で一人勉強している方が楽しい。まあ、最近は好きな人と一緒に勉強してるから、そういう意味では色気付いてるのかもしれないな。
『遥果みたいに遊べとは言わないけどさ、来年は受験生で忙しくなるし、自由に遊べる最後の夏休みでしょ?』
「ああ、それなら友達と勉強会をやってますよ」
『勉強会かぁ。これまた彼方らしいね』
「すっごい楽しいです」
『お?珍しい反応だ。何人でやってるの?』
「俺とその友達の二人だけですね」
『一対一か、なるほどねぇ~』
明らかに浮わついた声色から、電話の向こうでニヤニヤしている貴臣さんの顔が簡単に想像できた。何か良からぬことを考えているに違いない。うっかり夏希の話をしてしまうと怖いから、深掘りされる前に慌てて話題を振る。
「貴臣さん、そっちではどうですか?彼女できました?」
『それが忙しくて彼女作る暇なんてないよ』
「貴臣さんだって色気のない生活を送ってるじゃないですか」
『お?言うねぇ』
口癖のように「彼女がほしい」と言っていたけど、それらしき間柄の人がいた記憶がない。俺の知る限り、貴臣さんはずっとフリーだ。貴臣さんみたいな人がモテないはずがないと思うんだけどな。単に院生ともなればあまりにも忙しくて恋愛どころじゃないんだろうか。
『で、勉強会のお相手はどんな子なの?』
「お相手って……」
『彼方くんの好きな子とか、めちゃくちゃ気になるじゃん』
「……いや、別にそういう感じじゃ――」
『なーに恥ずかしがってんの。その子のこと好きなんでしょ?俺には分かる』
きっぱりと断言されて黙り込んでいると、貴臣さんはやっぱりそうだろと言わんばかりに笑いだした。
俺、そんなに分かりやすかったかな……。夏希には全然気づいてもらえないのに。
「どうして分かったんですか」
『そりゃあ、勉強は友達とやるより一人でやる方が集中できるとか言ってた子が、友達と勉強会やってるだなんて、ねぇ……。しかも二人きりで、ときたら、もう好きな子なんだなとしか思わないでしょ』
あまりにも勘が鋭すぎてさすがに笑ってしまった。たったそれだけの情報で好きな人だと断定してしまうなんて。
『で、どんな子?やっぱり同じ学科?』
「もう、その話はやめましょうよ」
年下をからかうのが好きという、貴臣さんの悪趣味な部分が出てきた。貴臣さんには何でも話せるけど、深刻な悩みでなければここぞとばかりにいじってくるし、やっぱりこういう話は恥ずかしいからあまり自分から話したくない。
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