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第6話 共食い

「油揚げを狐が食べたら共食いじゃないの」 「狐は油揚げが好きなんて迷信だよ。油揚げはむしろトンビの好物だろ?」 「と、言いつつよく食べるよね。油揚げ。共食いだね」 「ヤメロ。頼むから共食いって言わないで」  二人暮らしになって二か月。元々料理が得意だった今野はアルバイト先の居酒屋で厨房に入り浸り、覚えたレシピを家で再現して大貫にふるまうのが趣味になった。今夜のおかずの小鉢物は『青菜の煮浸し』。水菜だけだと味気ない気がして、細く刻んだ油揚げも混ぜ込んだ。この方が出汁が染みて美味しいから。  寡黙な大貫は、今野が作るものにとやかく文句を言うことはないが、おべんちゃらめいた感想も言わない。別に労いが欲しくて拗ねている気は無いのだが、作り手の今野としては反応が欲しいところだ。  最近になって気付いたことがある。  とても些細で、今野にしかわからない大貫の癖のようなもの。美味いも不味いも言わない大貫だが、本当に口に合う料理には、とある反応が顕れる。彼が上を向いて咀嚼している時は、『美味しい』。きっとそう。  ほんの少しだけ顎が上がり、喉元が露わになり、見え隠れする喉仏に気がついてしまってから、なんでもない食卓が何ともたまらない。 「ん? 何?」  思わず見とれてしまって、大貫が不思議そうな顔をする。  堪えろ、心臓。至って普通の夕飯の食卓だ。四つ足になったらバレるぞ、ドキドキするなよ……。  今野は沢庵を口に放り込み、奥歯でバリボリと音を立てて噛むことで気を紛らわせた。  以来あの喉元は聖域だ。他の奴には見せたくない。学食でも居酒屋でも、たとえ相手がプロの料理人だとしても、大貫の貴重な美味しい反応を見せたくない。大貫が外食しなくていいように、常備菜を冷蔵庫に詰めておこうと、今野は心に決めた。  大貫の喉から目が離せない。顎から喉仏へのラインをずっと見つめていたい。こんなこと考えてるって知られたら、恥ずかしがってもうあの反応をしてくれなくなるだろう。今野はより一層料理にのめり込んでいった。  今週は土曜日曜と外に出なかったから、冷蔵庫がかなり空いている。おとなしく家に篭っているから、煮返して食べられる鍋か汁物が良いな。  肉の買い置きを切らしたから、小さくちぎった蒟蒻を炒めて食感を良くし、たっぷりの根菜と煮て、胡麻油を効かせた味噌仕立ての汁ものにする。冷凍庫のイカの一夜干しを焼いて、あとは米だけ炊けていればいいや。  早目の夕食。在り合わせの献立の時に限って「里芋と大根、おかわりある?」などと大貫が言うのは皮肉なものだ。オカワリアル?は、つまり美味しいってことだろう。 「これ豚汁?」 「いや、けんちん汁……じゃないな、豆腐も肉も無いからタヌキ汁」  肉無しでも木綿豆腐を崩して入れればけんちん汁。今日は豆腐も無いのでタヌキ汁だ。狸の肉の噛み応えに蒟蒻を似せているとか、狸の肉が化けて蒟蒻になったとか諸説ある。狐の里では割と有名……、って、泣いてんのか? 箸落としたぞ、大貫? 「だって、たぬきじるって……」  落とした箸を拾って大貫に渡してやると、空になったお椀の底を突きながらぼそぼそと言い始めた。 「お前にはわからないかもしれないけどな、狸は『あんたがたどこさ』で撃たれて煮て焼かれるんだぞ。歌の歌詞だって解っていても、くりかえし言われるのはいい気分じゃないんだぜ。狐にはないだろ?そんな経験。歌だけじゃなく、献立名にまで……」  今野は声の掛けようがなくて、黙々と自分の分を平らげ、立ち上がった。 「で? おかわりすんの? しないの?」 「……ください」  大貫は素直に自分の椀をよこした。  わらべ歌の知名度は全国区。タヌキって大変なんだな。でも待てよ、蕎麦屋に行けばその問題はお互い様じゃないか。大貫は学食できつねうどんを食べているし、今野も月末はたぬきそばの日もある。おかわりの湯気を立てたお椀を受け取る大貫はいつものように「里芋入ってる?」なんて聞くし、そんなに深く傷つけたわけじゃないと判って今野は胸をなでおろした。 「と、なんだかんだ言いつつよく食べるよね。共食いだね」 「ヤメロ。頼むから共食いって言わないで」  二杯目も汁まで飲み干す喉元を見届け、今野は内心ガッツポーズをした。

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