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忘れられない一夜の話(2)
大学二年、俺は今でも自分の性癖に戸惑い、他との違いに不安を抱きながらもひた隠しにしている。
試しに同級生の女子とも付き合ってみたけれど、興奮はなかった。気持ち悪いとか、嫌悪があるとか、そんな事もなかったけれど「抱きたいか?」と聞かれると答えは「いいえ」だ。
そして相変わらず、同姓に対しては興味と好奇心と興奮がある。想像するだけで言いようのない熱が体の中を駆けるようだった。
「先輩、飲んでますか?」
新歓コンパで俺の隣りに座った一年が、屈託なく話しかけてくる。
まだ高校生のあどけなさも残る一年の香坂匠は、何故か俺に懐いている。
「飲んでるよ」
ジョッキの中にはまだ半分ほど酒が残っている。指さして、すると香坂はにっこり笑った。
「じゃあ、乾杯しませんか?」
「さっきもしたじゃないか」
「全体でですよ。俺、幸也先輩としたいです」
『幸也先輩』と、こいつが俺を呼ぶ度にゾクゾクする。
気づいている、俺はこいつが多少気になる。愛想がいいわけでもない俺に懐いて、何だかんだと話しかけてくるこいつの事を後輩という枠を越えて気に掛けている。
でも、なんて言えばいい?
「お前の事が好きだ」なんて、漫画みたいに行くわけがない。気持ち悪いと言われるのは、小心な俺には辛すぎる。
だからこそ、距離を置こうとより無愛想にしているのに。香坂は鈍感なくらい無視してこうして側にいるのだ。
「他の奴等と話してこいよ。俺ばかりじゃなくて」
「普段話してますから」
「俺とも普段話してるだろ」
「……最近、話していませんよ」
寂しそうに瞳を伏せる香坂の横顔に、罪悪感とドキリとした気持ちが混ざる。
都合が良すぎる。俺が避けているのに香坂の悲しそうな顔に苦しくなるなんて。その憂いを含む瞳に、興奮を覚えるなんて。
「先輩、俺なにか先輩の嫌がる事をしましたか?」
頼りなく問われて、俺はバツが悪くて小さく「いいや」としか答えない。
「じゃあ、俺が嫌いになりましたか?」
「そうじゃない」
逆だ。親しげな瞳を見ると、屈託ない笑みを見ると、側にある熱を感じると触れてみたくなる。好奇心と、欲求を強く持ってしまう。それを隠す事が、徐々に辛くなってきている。
けれど香坂は不安そうな目をしてこちらを見上げてくる。ともすれば泣いてしまいそうな、そんな不安定な瞳の揺らぎを見つめて……俺は降参した。
「一次会で抜けるぞ」
「え?」
「ちゃんと話すから、とりあえず一次会楽しんでこい」
俺は始めて、俺の秘密を明かそうと思った。そして、楽になってしまおうと。
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