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第43話

「あのね、先輩」 「っ、啓くん……」  啓はまるで縋るように、蒼生の肩にこつりと額を預ける。抱きしめたい、触れたい、溢れてくる欲は素直だ。 「俺さ、よく分かんなくて」 「え、っと。なにが?」 「付き合ったこと……はあるんだけど。好きになったのは蒼生先輩が初めてだから」 「っ、うん……」 「恋人らしいことなんてしたことない。だから、どうするのが正解か分かんない。先輩は分かる?」 「僕、も。分かんないよ」  しっとりと濡れた瞳を揺らしながら、蒼生は柔く下唇を噛んだ。じっと奥を覗きこめば目は逸らされてしまったけれど、その仕草からさえ蒼生の気持ちが流れ込んでくるかのようだ。 「好きな人はいた、けど。ちゃんとこうして両想いなのは啓くんが初めてだし、その……手とか触ったりするのも初めてだよ」 「え、ほんと?」 「うん、ほんと」 「っ、先輩」 「あっ、」  啓が思わず手を握ると、蒼生の細い指先が控えめに握り返してくる。それだけでどうしようもなく幸せだ。恥ずかしそうに伏せられた蒼生の睫毛が、白くて淡い桃色の頬に影を落とす。  抱きしめたい、触れたい、溢れてくる欲は素直だ、だけれど。ゆっくりとこの時間を、一秒一秒を大切にしたいとそう思う。  茅色の髪に手を滑らせ、いつかの様に撫でると蒼生の瞳が啓を捉える。それから目を細め、柔らかく笑んだ。 「恋人同士の模範解答とか、一般的な理想なんかがあるのかもしれないけど」 「…………?」 「僕は、啓くんと僕だけの正解があるんだろうな、って思うよ」 「そう、かな?」 「うん。僕だって、啓くんが思うことは全部大事なんだよ」 ──だから、啓くんと僕のペースでいこう。そう言って、今度は蒼生が啓の髪に手を滑らせる。綺麗な黒だね、と慈しむ表情が、啓の心の奥に沈んでいた過去にまで触れるかのようだった。やさしく撫でて、溶かして、霧のように消えてゆく。啓は啓のままでいい、と、他の誰でもない蒼生が言うのだ。

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