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 放課後。もはや慣れすら感じる風紀室の扉を軽く押す。きぃと細い金属音に、センパイの「来たか」という声が続いた。   「あれ。他の委員はどうしたんです?」 「話しにくいかと思って追い出しといた。今頃グラウンドの草むしりでもしてるんじゃないか?」 「もうちょっとマシな用事つけて追い出しましょうよ」  言うに事欠いて草むしりって。野球部員でもあるまいし。いいんだよここにいなきゃなんでも、と宣うセンパイに居心地の悪さを感じる。そんなに俺に対して配慮なんてしなくてもいいのに。でも、確かに人がいると話しにくいのも事実で。なんとも言えない気持ちになりながらも厚意を受け入れる。   「……じゃ、話しますかね」 「っ、ああ」    言い淀むセンパイに、彼もまた緊張していたのだと知る。まぁ、無理もないだろう。このセンパイは、人の恋バナをホラーとして楽しめないような人間なのだから。俺からすると、同情されるよりホラーとして笑われた方が余程対応に困らないのだが。   「どこから話しましょうかねぇ」 「魚沼の話しやすいところからでいいぞ」 「あは、軒並み話しにくいから困ってんですよ」 「……悪い」 「いえ?」    やりにくい。頼むから、そんな優しくしないでくれ。俺の棘のある言葉に、一々失敗した、みたいな顔をしないでくれ。くしゃり、髪を握り込む。暗く濁った思考は、自然と何から話すかを決めてくれた。   「……俺は、優しい人が苦手なんですよ」 「どうして」 「優しい人って、すぐに消えるでしょう?」    分からない、と顔いっぱいに書いてあるこのセンパイは、すごく真っ直ぐな人だ。すごく真っ直ぐで、無邪気で、……失ったことのない人だ。今更、そんなリアクションの一つ一つに傷付きなんてしないけど。   「俺、母親が死んでるって言ったじゃないですか」    センパイは、こくりと頷く。きらきら星を習ったあの日の帰り道。確かに俺はそう言った。、母が死んだのだと。   「二つ、言ってなかったことがあったんです」    一つ。   「母が死んだのは俺が幼稚園の年少の時ですが、俺がそれに気付いたのは小学校六年生の時です」    それと、と言葉を続ける。二つ、と心の中で呟き、頬を緩ませる。愚かな俺自身をあざ笑うように。   「……母を殺したのは、俺なんです」    息を呑む音が聞こえた。目の合ったセンパイは、何も言わずにただ俺を見つめた。   「今でもずっと、覚えてる。母が、亡くなった日のことを」    誰も知らない、母の本当の命日を。  俺の、罪を。

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