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六年生になった。もうその頃には色々な事が変化していた。自分が世間で言うところの霊感を持っていることも、母が幽霊であることも理解していた。理解はしていたが、霊感の強すぎる俺は結構な頻度で幽霊を人であると誤認した。義母の前で母に話しかけてしまうこともあったし、幽霊を目で追ってしまうこともあった。
父が再婚した義母は、良くも悪くも普通の人だった。普通の人である義母は、おかしな挙動をする俺を倦厭した。幸いにも父と義母の仲は良好で、俺には義妹ができた。三人は、確かに家族だった。困ったように俺を見つめる母の幽霊を無視できないまま、俺は一人、家族の枠からはみ出していた。誰一人として悪くなかったのだと、様々なことに諦めのついた今なら思える。でも、当時は思えなかった。俺にとって母は大切な家族の一人だったし、父はそんな母を切り捨てた裏切り者だったからだ。俺には分からなかったのだ。父や義母の指す、普通が何であるかが。
自分に理解できない異質は、恐怖の対象だ。見えないものをそうと認めるのはなかなか難しいことだし、気味の悪いことだ。ある意味、俺が家族の輪に入れないのは必然だった。俺自身、母という家族を捨ててそこに混ざる気が無かったのだから。
たった一人の家族を失ったのは、六年生の冬頃だった。義母にお遣いを頼まれた俺は、近所のスーパーに小走りで向かっていた。蛇行している車が路地に入ってきたのはその時だった。けたたましいエンジン音と、タイヤの道路に擦れる音。耳をつんざくような悲鳴にも似たそれは、俺の体に迫ってきた。死んだと思った。死んだ、筈だった。
母は、跳ねられる寸前、俺の体に手を伸ばした。いつもすり抜けてばかりだったその手は、俺の体に溶け込んだ。瞬間、自分の体が自分のものでは無いような不自由感に襲われる。自身を体の奥から客観視しているような、奇妙な感覚だった。
体が車に跳ね飛ばされ、宙を舞う。不思議と痛みは感じなかった。何が起こっているのか理解できない俺とは裏腹に、体は鈍い声を上げる。地面で弾むたび、声は痛みを訴えた。そして、俺の体が地面に落ち着いた頃。体はふわりと軽くなる。さながら、体に溶け込んだ母が死んだかのように。
その日から、母は姿を見せなくなった。俺は、猛スピードの車に跳ね飛ばされたにもかかわらず無傷だった。ピンピンしている俺に、医者は首を傾げたが、俺だけはその理由が分かっていた。母が身代わりになったのだ。幽霊も、もう一度死ぬことがあるのだと。それを教えてくれたのは、俺のたった一人の家族だった。母が消えた日。俺は、今度こそ本当に母が死んでしまったのだと気付いて泣いた。
成仏した魂は天に昇り、星になるのだという。それでは、それじゃあ。成仏せず、消滅した魂は、一体どこへ行くのだろうか。
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