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【用語集】 遊郭・吉原・花魁・太夫について色々 1

【吉原(よしわら)】  大阪の新町、京都の島原と並ぶ江戸随一の遊郭のこと。江戸幕府に公認され、江戸の初期は日本橋のあたりに設置された。この時は客の連泊禁止や深夜営業が禁止されていた。しかし、時代が進むと、江戸市中の発展、拡大に伴い遊郭の移転を余儀なくされ、浅草寺裏手に移転する事になった。この時から深夜営業が開始。吉原の面積も拡大し、大変賑やかさを増していった。本文の時代では江戸中期から後期をイメージしているので、深夜営業なども行われ遊郭が活気づいている頃の話となっている。 【見世(みせ)】  吉原でいう店のこと。浮き世を偲んで、などの”世”とかけて見世と呼んだ。廓の路面に面した場所に設えた格子がある場所を張り出し見世と呼び、遊女が居並び煙管(きせる)などを使い、お客様を誘った。  吉原の見世では格子によって廓の格式がわかるようになっていた。「惣(総)籬(そうまがき)」は格子が店前から入り口土間脇まであり、茶屋を通さないとあがれなかった。最高級のお見世であった。「半籬」は土間脇の格子が上半分から四分の一がない。上級の遊女と下級の遊女どちらもいたので交見世(まじりみせ)と呼ばれていた。「惣(総)半籬」は格子が下半分しかなかった。揚げ代の安い遊女しかいなかった。茶屋を通さなくても大丈夫であった。 【昼見世(ひるみせ)】  昼の十二時くらいから四時までが昼見世であった。この時間は普通の商人や武士は仕事をしている時間なので、客入りは少なかった。客の来ない大半の遊女は客のいない座敷でお酒を飲んだり、浄瑠璃(じょうるり)話をしたりとのんびりと過ごした。 【夜見世(よるみせ)】  夜六時にすががきの音と共に始まる。吉原には人で賑わい始める。夜八時くらいまでは宴が続き、その後は床付けになる。夜十時くらいになると登楼する客と帰る客で一番忙しい時間帯となる。 【大引け(おおびけ)】  夜中の二時。完全に大門が閉じられこれ以降の吉原への出入りが禁止される。この時間までに大門をくぐらない客は朝まで廓に居続けることになる。

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