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5粒目
棗はαを毛嫌いしていた。
Ωを蔑むことにエクスタシーを感じる下衆が死ぬほど嫌いだ。
周囲の態度に嫌気がさして学校をサボるようになった棗は、昨年留年してしまった。
憂鬱の種は学校の中だけではない。
元はといえば家庭環境の悪辣さが棗のα嫌いを助長している。
エリート一家の岩佐家は、代々αの男子ばかりを授かってきた。
名誉ある血統に突如立ちはだかった不名誉なΩが棗だ。
憤慨した父親は、棗の出生を認めることなく養子として育て、義務教育が終了するなり大金を積んで放り出した。
お前とはもう縁もゆかりもないと豪語したくせに、棗の留年を知るや強引に押しかけ、口汚い言葉で卒業を命じた。
αなんて自分勝手で尊大で、同じ空間にいるだけで反吐が出そうになる。
「別に怖くねえし。でも、アンタ以外のαは嫌いだ」
「……あらま、オジサン慕われるのは嬉しいけど心配だなあ」
「あ、オッサンって認めた」
くっと笑いを噛み殺した瞬間、くしゃくしゃに髪を掻き混ぜられた。
安心できる大きな手。唯一信じられるα。
卒業したらもう会えなくなるなんて耐えられない。
「アンタみたいなαとなら番になってもいい」
大人しく撫でられながら目を細めると、和巳に額をベチンと叩かれた。
「……心配すぎる。とにかくいつ来てもおかしくないから、抑制剤は携帯するように。万が一の時は這ってでもここに来なさい」
「ん」
離れていった手が名残惜しくて自分で額を撫でる。体が熱い。
湧き上がる反応を誤魔化そうと腰を上げた瞬間、足元が揺れた。気のせいだろうか。
窓辺に立つとスチール枠の向こうで体育に励む学生たちの姿が見えた。
「若者たちは元気だな」
ひょいと後ろから覗き込んだ和巳がおどけて言う。
なんでもない一言なのに、年齢の違いを突きつけられたようで胸が軋む。
おかしい。感情の波が不安定で上手くコントロールできない。
動悸が激しくなり、体の中でぶわりと熱が膨れあがる。
棗は胸元を握りしめ、その場にずるずる崩れ落ちた。
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