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13 わんわんは幸せですワン。

   蛇さんはすぐに返信があったことに大変興奮してオレに返信をねだってくる。  その内、ゆすられそうなテンションなので仕方ないとメールを見れば「犬一択にするから許してください」と犬の絵文字つき。「わんわん」と書いて返信してやる。   「わんわんちょろい。いや、会長に拍手を送ってあげるべき?」 「またメールくんだけど」 「返信したげてよぉ」  仕方がないので来るメール来るメール「わん」とか「わんわん」とか「わんわんわー」とか送っておいた。意味はない。同い年の高校生男子のバカメールにかわいいを連発して興奮しているらしい会長は本当にどうしようもない変人だ。   「やばい、ホント面白い。ウザかわいいわ」  蛇さんの言い分も分かる。顔立ちとかじゃなく会長は言動の独占欲や子供っぽさが無邪気でかわいい。幼稚なわけじゃない。素直なんだ。わんわんは子供の味方なので嫌いじゃない。   「高校二年だから進路のこととか話が出てきてる?」 「蛇さんオレにここから出てって欲しい?」 「、っておいおい、誰がわんわんをイジメたの? 僕たち殺されちゃうよ」 「飼い主に大学はいったら独り暮らしするのかって聞かれた」    そもそもが大学に行くなんて思ってない。今回は市場調査目的だから学校に行っただけでそのまま進学なんて考えちゃいなかった。   「それ、マンション建ててあげようかって話じゃない?」 「マンション?」 「ここってどの駅からも遠いし、バス停も近くにないし」 「駅近くの土地をピックアップするように言われたことは、あるかも?」 「そこにわんわんの犬小屋を建ててあげるよーって話でしょ」    よかったねえと蛇さんは笑う。  飼い主はお金の使い方が雑だ。  必要ならポンッと愛人でも何でもお金を渡す。  ただし、価値のあるものは人に譲らずに溜め込む。  現金は許しても自分の持ち物の時計は渡さない。そういう人だ。思い出にしたいと飼い主のピアスを盗んだ女が拷問にかけられたっていう噂は噂じゃないだろう。    ふと会長と別れようと思う最大の理由が理解できてしまった。    オレは言ってみれば飼い主のモノだ。  飼い主がオレを誰にも譲らないのは分かりきっていることで共有なんてありえない。  それがオレは嫌じゃない。  オレが飼い主の一番好きなところは絶対にオレを手放さないだろうところだ。  神様の前でした約束を飼い主は覆したりしない。  それは飼い主もまた神様のことを神様だと思っているからだ。  同じことを思っている同士だから飼い主のために動くのも飼い主のそばにいるのもは苦じゃない。   「彼氏と同棲したいとか言い出したらちょー修羅場?」 「ないない。ってか、王道展開じゃないからダメだってば」 「さっき言ってた生徒会役員入れ替えは結構いい案だと思うけどねぇ」    生徒会役員を入れ替えて恋人がない人間を配置すれば転入生とラブラブ異常空間を作り上げるんじゃないのかっていう仮説。  オレがわざわざ学校で生徒をしているのは転入生による王道展開が作り上げられる過程と周囲の人間の動きを見るためだ。蛇さんの言葉通りになるのか否か。  王道学園あるいは非王道学園として創作物にテンプレート化されたプロセスが現実でもきちんと働くのか。   「主人公という強運の持ち主による周囲の不幸の吸引現象」 「あるいは主要人物にあたる十名前後以外の幸福度の低下に伴う相対的な幸せ度の向上」    蛇さんに合わせてオレも口にする。転入生を物語の主人公に置いて考えた場合の幸福度調査というのをオレはするのだ。  誰だって「自分が」幸せになりたい。  転入生が来て転入生や転入生の周囲だけが幸せになったら冗談じゃないと思うものだ。つまりそこがビジネスチャンス。復讐請け負い人というよりは回収業者という流れにするつもりらしい。   「会長さんにはなんかトラウマないの? 転入生にそれを見透かされて癒され展開」 「生きてるの楽しそうですけどね」 「小さい頃からの長い付き合いだから学園内ではスルーされていたあれやそれが転入生という新しい風で変わる」    それで言うと外部進学の新入生も同じらしい。去年のオレだ。勝手に一目惚れされてなし崩しだっただけでトラウマは知らない。   「じゃあ、わんわん。僕は予言しよう」    得意げな顔をして蛇さんは口を開く。             「お前かわいそうな奴だなッ。好きでもないのに生徒カイチョーに絡まれてんだろっ」    ゴールデンウィーク明けに元気のいい声で自己紹介した転入生は何故かそう言ってオレに絡んできた。  蛇さんの予言の通りだ。   『会長に問題がないならわんわんに問題が降りかかるねぇ。たとえば「オレがお前を解放してやる」なんてね』    胡散臭い狐の笑顔で蛇さんは言った。「わんわんの心を切り刻みにやってくるよ」と不吉すぎる言葉を吐かれた。   「聞いてんのか、ケイ」  幸福にキラキラとした子供の顔。変装はしていない女顔。金髪碧眼ではないけれど童顔なのは間違いない。身長もオレよりも低い。王道の枠内に入っている容姿であり、王道通りの思想と言動。   「オレがお前を解放してやる。オレがお前を幸せにしてやるよっ」    上から目線の幸福の押し売り。  代金はオレの尊厳。  無意識望まれる隷属。  幸せであったのなら戸惑う言い分。  不幸であったのなら苛立つ物言い。  どちらでなくても引っかかる言い回し。  オレは蛇さんへの拍手がわりに立ち尽くしている会長を引き寄せてキスをした。    泣きそうな顔を満面の笑顔すぐに変えた生徒会長がオレは嫌いじゃない。オレは神様に出会ってから、不幸だなんて思ったことは一度だってない。オレに降りかかる全部が神様と出会えた結果だと思えば不幸せなんてありえない。    わんわんは幸せですワン。    

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