43 / 72

** だから、そんなに嫌いじゃない。

   わんわんと飼い主と生徒会長、今は奇跡のバランスだよなぁと笑う僕にかかってきた一本の電話。    そろそろかと思っていたけれど、これはもうスピード決着だね。面白くない。でも波乱を望むのもよくないのかもしれない。青春は無駄に使うものじゃないからね。限りある若い時間は無駄に消費するべきじゃない。   『おい、はやく出ろよ』   「やあやあ、たぬポン」   『なんだそれ』   「知らないの? 君ってばわんわんにそう呼ばれてるんだよ」   『……ぅ、ひげ剃る』    ひげ剃って髪型整えて若作りしたところでたぬポンはたぬポンだと思うけど好きにするといい。   「どうかした? 転入生が死んだりしたのかな?」    過保護極まりない飼い主が動いちゃったから、わんわんの知らないところであっさり撲殺なんて展開もありそう。  飼い主にとって人の命は軽いものだし、僕たちにとっても同じ。  人の命はどんどん消える。  それを有効活用して、あれやって、これやってなのが、下にいる僕たち。  組織の起こりが、そもそも不用品の回収とか事後処理を円滑に進めるための人助けからだったって、いったい何人が知っているんだろう。  組織を立ち上げるにあたって、覆せない不文律が、とある人の平穏を守るためとか、きっと誰も理解できないね。一人のためならワールドワイドすぎて、スケールが大きい上に粘着質で気持ちが悪い。    でも人の生死を軽くしている組織がたった一人の生活を整えるために機能し続けるっていうのは皮肉で笑える。    たった一人というのがわんわんがいうところの神様。   彼はたしかに神様なんだよね。  一部の人間にとってはどうしようもないぐらいに神様。  神様すぎて人を狂わせすぎてしまった。  その後始末の一環として人手を使ったあれやこれをしたのが組織の起こりだと言える。    神様が生きている限り信者は増え続けるし放っておくとロクでもないからまとめて紐付けした。優しい神様は人の善意をいらないなんて言わないし救ったら最後まで面倒をみる。神様というよりもファンタジーだか中世だかの牧師様のよう。行き場のない人間を拾って援助する。    問題は援助がお金でも生活の場でもなく、心の支えという宗教としか言いようがないところ。    悪いことじゃないんだろうけれど見た目が綺麗系で隙がありすぎて誰かしらが支えないと危ういところがある人だから周りが苦労する。神様が好きだからこそ苦労はむしろ喜びなのかもしれない。迷惑をかけられているなんて思わないんだろう。神様は信者を信者として扱わないけれど信者は自分たちが信者であることを理解して誇りに思ってるという認識の違いがある。  たとえば神様は実のところ組織のことを知らない。  ぼんやりと組織を理解していても自分のために作られたものだとか自分の安全を維持しているものだなんて思っちゃいない。神様からすれば知り合いの会社、友達が務めている職場。  その程度のもので業務内容なんて知りはしない。  神様の信者が単純に真っ白な子供だった場合きちんとしつけて使い物になるようにしてから社会に放流。各界、各分野で才能を発揮しながら組織の指示通りに動く駒に変わる。  ある程度育って心の隙間を神様に埋められたのなら今の位置を生かして組織に貢献してもらう。これは組織側から要請することはあまりない。勝手に調べて末端でいいから組織に加わりたがる。どんな小さなことでいいから神様の役に立ちたいのだ。    彼らの心にあるのは信仰だ。  神様への思いで繋がっているから私利私欲で裏切ることはない。  彼らは駒であることを生きがいにしている。組織に対する愛なんてないけれど神様に対する敬愛は本物だから彼らは何だってする。  けれど、その神様の恩恵もある意味期間限定。神様が一人しかいないなら神様を知らない世代とかが現れる。スーパースターも年をとればオッサンってわけじゃないけど目の前で活躍してないと過去の栄光扱いされちゃう。    その点において、わんわんの飼い主である組織のボスのフォローの仕方は的確。    神様に対する信仰心からわかりやすいお金とか権力、影響力を餌にしつつ次の神様のポジションに自分の最愛であるわんわんを添えようとしている。正直、わんわんは神様とは全く似ていない。  美形じゃないし、人の気持ちの動きに敏いかというと微妙なところだ。  けれどわんわんはタイミングがいい。  普通なら助けられないものを簡単に助けたりする幸運に恵まれている。それは神様が神様なんて呼ばれている理由の一つと同じ。誰も神様のような神がかったタイミングで動けない。自分が企画して仕掛ける自作自演のピンチだとしても神様ほど劇的にはならない。    人の心を盗むことが出来るのは生まれ持っての素質だろうからわんわんが色んなところで餌をもらってかわいがられるのは不思議なことじゃない。  見た目でも言動でもなくタイミング。     『転入生が早速接触した』 「わんわんに? 予定通りだ。何も問題ないよ」 『隣の席なんかにしたのはオマエか?』 「だってお約束じゃん」 『そんな約束事は知らん』      たぬポンはどうしたところでたぬポン。  組織の人間というよりもボスや僕の子飼い。  人が増えるにしたがって組織に属しているんだかいないんだかな人間が増えてきた。  組織の全貌を把握している人間はボスとわんわんぐらいなものだろう。  ただ各々の繋がりを洗い出したりしない限りは、わんわんだって誰がどう組織と繋がっているか知らない。わんわんは訓練で覚えさせられたこと以外の行動とらない。  だからこそ重要な書類が転がる部屋の掃除が出来るんだ。記憶力は悪くなくボスの性格も把握しているからわんわんが全て行う。近頃は分散しまくってるから、ボスの部屋に目に見えて重要なものなんかないみたいだけど、基本雑。    嗅覚が優れているから「何となく把握」ということをしているわんわんだ。曖昧なものを曖昧なままにしておく日本人的な感覚がある意味で優れている。犬だから自分に関係ないって思っているのかもしれない。     「双子の感覚実験の話を覚えている?」 『片方が死んだ双子の残りがどういう一生を終えるのかってやつか』 「それは最終段階の話だよ。片方を拷問し続けたら、もう片方はそれを感じることが出来るのかってヤツ」 『どっちにしても胸くそ悪い』 「まあ、僕たちが企画したものじゃないからなぁ」 『戦争前からのテレパス実験の一部だったか……』 「が資金提供してくれたから、引き継ぎってか横取りして記録とってるけど、わんわんが双子なの知ってた?」 『聞いてはいる』 「そもそも、わんわんがどこの誰か分かった経緯っていうのが僕は異常だと思うんだよねぇ」 『キー様がもう一人いるって言って、実際にそうだったって話か』      まるでフィクション。お伽話のような生き様の少年。神様も相当だけど、わんわんもイカレてる。普通の人間はここまで図太くは生きられない。心が折れないのは信仰があるからなのか信頼があるからなのか。     「わんわんには脇役成分が足らないよねぇ」      どう考えても主人公様のポテンシャル。きっと誰かに刺されて死にかけても上手くまとまってハッピーエンドなんだろうからつまらない。傍観者である見ている僕が。  わんわんの人生がつまらなくなる日はきっと来ないんだろうからズルい。僕はいろんな本を読んで物語をパターン的に理解してしまった。  一行読んでラストが分かる。  それはとても味気ない。     『蛇さん、未来が見えるってホント?』 『嘘だよ』 『そのウソホント?』 『見えるって言ったら信じるの』 『信じますとも』      無表情のわんわんに主役なら主役らしく「オレが蛇さんを退屈させたりなんかしないよ」とか気の利いた言葉を言って欲しかった。  言うわけないのは知っている。  わんわんは僕のモノにはならない。蛇は犬を飼ったりしない。蛇はそそのかす誘惑者であり、傍観者であり、邪悪なる神。狛犬の位置づけで蛇がいることもあるけれど、所詮冷たい爬虫類、犬とは交われない。    わんわんはただ事実確認をしたかっただけで、僕に未来のことを聞いてくることはなかった。未来が見えるなんて中二病を発症した思春期の子供のたわごと。僕は違う。  未来は見えない。  知らない。  けれど、予想がつく。  演算能力が高いせいで情報さえそろえば大体の未来予測ができる。それは組織の計画を立てる上で役に立ったし、これから先も天気予報よりもマシな精度で未来を想像する。時には創造しながら進む。それが僕の役回り。     「天利祢(あまりね)のところ……は、ちょっと違うか。……何だっけ、どこかで長男だか、末っ子だかを生け贄にして一族の繁栄を願うって血族があったでしょ」   『オマエらがよく言う、幸福係数を片寄らせて、ってやつか』 「実際問題、普通の奴の中に不幸なのが一人いたら普通の奴らはみんな不幸な一人と比べれば幸運だよねぇ」 『暴論過ぎるだろぉ』   「そうそう。暴論だよ。でも、そんなもんだよ。計算上、底辺にいる不幸な子は一発逆転のチャンスがあるけど、大体が他人の幸福のための養分になる。幸せの上限は決まってる。だから、他所から奪ってしまえば、増えて豊かになるね。理論の確立が出来る前から当たり前に行われていた風習。今も地味に続けてるからこその老舗の大手みたいな。トップは一人でいいし、控えも複数いらないから役割をあげようとすると生け贄になるのかもね。……兄弟の一人が暗いから他の兄弟は明るくいられる。上手くできてるんじゃないの」 『よくわかんねえな』 「大切にされる子供と大切にされない子供が目に見えて分かることによって、性格に影響が出て、その後の一生が左右されるって話だよ。才能がある大切な子供以外は、その子供の踏み台にするための消費されるカートリッジ。ブースターになったら上々。間違ってるとか正しいとかじゃなくて、必要なのは結果だ結果。……データが全てを証明している」 『家族の中の一人に貧乏くじ引かせるなんて、そういうやり方、いまは流行らねえだろ』   「でも昔からされてきたことだろう。その理由はきちんと結果が伴っていたからだよ。誰か一人に背負わせて他は楽をする。こう言ってしまうとよくある話だろう。まだ規則とか掟とかがついてた方が納得がいっていいと思うんだけどね」 『の話か?』 「たぬポンはタヌキおやじになれないねぇ。その名前は出しちゃダメだろよぉ。どう考えても」 『盗聴されてるとでもいうのかよ』 「忘れた頃に嫌がらせか、プレゼントが来るんじゃないの」 『同じ意味じゃねえーか』 「まあ、ね。……家族ぐるみで決まり事だから、仕方なくやってるわけじゃないのは、人間の歪みっぷりが出てて堪らないよねぇ。朝霧とかは、一族繁栄の礎でも何でもない理由がないんだから、いいやむしろ、親切心からの精神の粉砕だから話は全然違うね。いわゆる一般家庭における歪みだ。とか」 『目の前で腹違いの兄弟が拷問され、殺されるのを見てたんだったか……』 「あの子自身にも虐待痕はあった。だから身元が分かっても正式な手続きで親権を剥奪できたんじゃないか」 『正式だったのか? 脅して書類書かせたんじゃなかったか?』  どうしてそんなことが出来るんだとたぬポンは毒づく。  僕は理由を知っている。  それがわんわんの、というべきか、わんわんの片割れの、というべきか、転入生の、というべきか、彼ら全ての兄の愛情表現だからだ。  拷問が愛情だったわけじゃない。  病から出た苛立ちと焦燥感を紛らわす手段が暴力だっただけだ。人体の破壊は自分が病に侵されていたからこそ、同じにするためにやったんだろう。  わんわんは双子の片割れが受けていた苦痛を受信していた疑惑がある。  死ぬほどの苦痛を受け続けて、最後には受け止めきれずに死んだ子供。それと同じ痛みを受けていたのなら、目に見えなくても精神的に耐えきれるものじゃない。それでも生きているのがわんわんだ。  双子の感応能力の是非は記憶にないと主張するわんわんから、うかがうことは出来ない。  が、少なくとも近くで見ていた神様は二人は繋がっていたと思っている。  実際、わんわんが苦痛を訴えることがなくなった時期の情報を洗って、死亡した片割れを見つけた。そこから、吉永圭人の名前に辿りつけた。  わんわん自身は、生ゴミと一緒に裸で捨てられて、手がかりもなく、身元の確認などできるわけもなかった。  もちろん生ゴミがあった周辺地域で、消えた子供の噂などは集めたし、引っ越しをした人間や当日の目撃者も探した。手を尽くしても見つからなかったのだ。見つかった時には、片割れがすでに手遅れだったなんて皮肉すぎる。  だから僕は。      「わんわんがボスに泣かされるのは腹立つんだよなぁ」 『オマエまさか』   「ボスを裏切ったりなんかしない。ただ何もかもが、ボスの思い通りだとムカついたりもするから、あっちこっちに加勢するだけ」 『それ、引っ掻き回すってことだろ』 「だから僕は蛇さんなんだよ」 『なにがだよ』 「たぬポンは先生なのに学がないね」 『うるせぇ』 「数時間後、早かったら一時間ちょっとかな……場所は食堂あたりで」 『何が起こるんだ』 「大爆発する前に鎮火かなー」 『はい?』 「大量に爆弾物が持ち込まれて食堂に設置されてるんだけどそんなの取り外すじゃん?」 『お、おう?』      分かってなさそうな声を出すたぬポン。  まあ、仕方がないかもしれない。  僕が見ているものと他人が見ているものは違う。中二病的に浸るには、この感覚と長く馴染み過ぎてしまった。思考が加速してシミュレートの結果が蓄積されていく。世界は手の中に入れた感触に気分が悪くなる。      「情報が足りないんだよなぁ。わざとなら隙がありすぎるし、天然ならあざといし、指示を受けてるにしては、ナチュラル系」 『転入生の話なら……あれは演技とかじゃないと思うぞ』   「それはそれで面倒だなぁ。……あ、強盗の首謀者と背後にあったの捕まえたってさ」 『だから転入生の動きが早かったんじゃねえの』 「タヌキ冴えてる」 『タヌキいうな』  「僕は会長がそんなに嫌いじゃないんだ」 『オマエやっぱボスの敵で会長の味方じゃねえーか』  否定しようとしたけれど別にいいかと肩をすくめる。久しぶりの長話でしたことといえば愚痴だけ。たぬポンは、きっとまだ今回のことで、何が変わって、何が変わらないのか、分からないんだろう。  だから僕から言うことは何もない。  ただ一つ言えることがあるのならわんわんの味方はわんわん自身でしかない。  でも、会長は結構わんわんを幸せにしてると思うんだよね。  だから、そんなに嫌いじゃない。   ------------------------------------------------------------------------- わんわん視点で切り込むと何とも痛々しい描写を連発しないとならないので、蛇さんからザックリとした説明。人の名前とかは読み飛ばして大丈夫です。(他作品がメインの人だったりもするので) 蛇さんのスタンスだけ覚えておいてください。 次から、わんわん視点に戻ります。

ともだちにシェアしよう!