2 / 207

6/9(日) はじまり

【宮田】 それが俺の父の会社名であり、そして俺、春人(はると)の苗字。 小学2年生まではよくある中小企業の1つだったその会社は秋に一部上場し、繁栄の階段を順調に駆け上がっていた。 俺が3年生に進級する頃、家は東京の一等地へと引っ越し、俺も所謂お坊ちゃま学校に転校した。 本来であれば俺はそのまま高校卒業までをそこで過ごすはずであった。 そう信じて疑わなかった。 そう、父が役員達に裏切られ会社を追われてしまうまでは。 新緑が芽吹き、日差しにも幾分厳しさの色が滲んできた夏を迎えよういう高校1年生の初夏。 附属高校への通学が金銭的に厳しくなった俺は急遽、小学2年生までを過ごした地元の県立高校へと転校することになった。 しかし、住まいは当然の如く奪われ、着の身着のままで居場所を追われた俺ら家族3人に新しい家を持ち再出発する余裕は無かった。 両親は2人して住み込み仕事を始めると言い、危うく俺までも働きに出されてしまいそうだったがそれを止めたのは父であった。 母と駆け落ち同然で結婚した父は、娘を失った心労から早くに命を落とした母の両親に対し今も後悔があると度々語っていた。もう自分たちのせいで誰かが犠牲になるのは見たくないということだろうか。 だが父は父で、母の両親に顔向けできないと両親に勘当されたまま、もう20年も会っていないという。 そんな訳で祖父母にも頼れず困っていた時に母が頼ったのが、俺が小学生2年生までを過ごした土地で知り合ったという母の友人だ。 俺は今日から1人、その人の営む下宿先で新たな生活を始めようとしている。 「…ここ……?」 地図を見ながら場所を確認する。 金銭的余裕がないためメール以外禁止のガラケーと地図を片手に立ち尽くす。 目の前には小奇麗なコンクリートの3階建。 嫌にしょぼくれて見えてしまうのは生活水準が大きく変わってしまったからだろう。 不満は多々あれど初夏の日差しを受けたままここに立ち尽くすわけにも行かない。 とりあえず目の前のインターホンに手を伸ばす。 ピンポーーン… 間の抜けた音が響いた後、はーい、という声とともに40代半ばほどの女性が扉を開けて出てきた。 「あら!春人くんね!いらっしゃーい!大きくなったわねー!!」 扉を開け、俺の顔を見るやそう捲し立てる女性は嫌に嬉しそうだ。 どこかで会ったことがあるのだろうか。 困惑の色を隠せないでいると気が付いた女性が声をかけてくる。 「あ、もしかして覚えてないか!おばちゃんあれだよ。2年生の時同じクラスだった裕大(ゆうだい)の母親!」 …え…… 思考が停止する。 ……裕大…? その名前には覚えがある…長岡裕大 俺の記憶が間違っていなければ…彼は… 俺の発言がきっかけでいじめられるようになってしまった、元クラスメイト……

ともだちにシェアしよう!