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6/9(日) 2

長岡裕大は当時から自宅が下宿を営んでおり高校生や大学生と一緒に住んでいた。 だがある時それがおかしいとクラスの中で話題になった。 クラスの大半が下宿というものの存在をよく理解していなかったこともあるが、家族でもない存在と寝食を共にすることが自分たちの日常と大きく異なっていたからだ。 それに対して長岡は真摯に回答をしていた。 彼らは下宿生という存在で生活費を払い家に間借りをしているのだ、と。 多くの者がその言葉を真剣に聞いていたがそこで俺が口を挟んでしまう… 長岡の家は「子供」から金を貰って生活しているのか、と…… 今となってはその言葉の意図を自分でも思い出せないが、それを聞いたクラスメートの反応は実に単純で、そして恐ろしかった。 この事がきっかけとなり長岡は「子供から金を巻き上げる家の子」となりクラスの中で除け者とされてしまった。 自覚はあった。 長岡を苦しめる原因を作ってしまったのは自分だと…。 だが皆に賛同して長岡をイジメることも、ましてや長岡に救いの手を差し伸べる勇気も無かった俺は数ヵ月後、転校することとなったため2度とその学校に戻ることはなかったし、その後長岡がどうなったかなど一切知る由もなかった。 だがまさか… 軽く家の中を案内された後に通された部屋でひたすら自己嫌悪に陥る。 「長岡…俺のこと覚えてるかな…」 覚えてなどいてほしくない。 いや、完全に忘れられてるのもそれはそれで寂しいが、たぶん長岡の中では俺の記憶といじめの記憶は紐付けされているだろう。 ましてや彼が覚えているとしたら… 考えただけでも気分が沈む。 はぁ、と息を吐き、なんとはなしに扉を開けて外に出ようとすると、開いたはずの扉の先に突然巨大な壁が現れた。 「うゎっ…!?」 「…ここの部屋の人…?」 驚く俺に対し不審そうに尋ねてきたのは長身の男。 バスケ部とかなら大分活躍が期待できそうな恵まれた体格のそいつは俺を見下ろすと僅かに目を細める。 「………春人…?」 なんで下の名前を…と疑問に思ったのはほんの一瞬。 一気に血の気が失せる。 こいつ!長岡か……!! 目を見開き動揺する俺を見ると何を思ったか長岡はサッと部屋に入り込み俺の腕を掴む。 驚く俺を腕ごとダンッと壁に縫いつけると長岡は変化の見えなかったその顔を、口角を少しあげることで笑みに変えた。 「なぁ、俺のこと…覚えてる?」 それむしろ俺が聞きたかったやつ! でも今の質問で聞く必要は無いと確信が得られた。 だって長岡がこうして聞いてくるってことは…これ確実に覚えてるじゃん…。 「あ、ぁー…うぅーん…お、覚えてる…かなー?…なんて……」 「はは、ウケる…なに気まずそうにしてんの?忘れたかった?俺だって忘れらんねーのに。」 長岡の口調は実に軽い。 だがその中には確かに怒りが滲んでいる。 「母さんからお前が来るって聞いてさ…ほんと嬉しかった…。やっと、お前を――…」 そこで言葉を切った長岡は俺の腕をきつく…きつく握り直す。 「いっ…」 痛みに呻いた俺を更なる痛みが襲った。 「っぁ"…!?い"っ…!長岡ぁ!?」 何故か俺の首が長岡の歯牙で深く抉られている。 異常とも取れるその行動に青ざめる俺を他所に長岡は、更に深く痕を残そうときつくそこを吸う。 その痛みに身じろぐ俺の腕は依然壁に縫い止められたまま。 「春人…変な時期の転校でさ…そいつが男とヤッてた…とか初日から噂んなったら、お前の高校生活どうなるかな…?」 長岡の言葉の意味とこれからされるであろうことを理解し、血の気が引いてく。 「なに…言って…」 理解などしたくなくて、なんとか喉から絞り出した俺の声を聞いた長岡はそれにただ微笑んで応えた。 その瞳は、全く笑ってなどいなかったけれど。

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