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8/12(水)
「ど…、え!?どうした…!?」
同じ家に住んでいるとはいえ、長岡とはタイミングが合わない時はとことん会わない。
だがしかし、青あざの残る顔を見られた長岡がバツの悪そうな顔をしたので俺は長岡が意図的に俺に会わないようにしていたのだと分かった。
今だって眠れないからと深夜にトイレに立ったところ、偶然リビングに居る長岡を見付けたのだ。
「もしかして…宗平か…?」
長岡は何も答えないが、否定もしないということはやはり宗平が殴った痕なのだろう…。
「…なんか、ごめんな。長岡。」
謝った俺に長岡は「は?」と言いたげな顔を向ける。
「お前、俺に謝ってんの?」
「それ以外どう取れるんだよ…。」
「……笠井からしたらそのセリフがどんだけ酷ぇか分かってんのか?」
睨むように見る長岡に少し怯むがそれでもなんとか口を開く。
「分かってる…けど宗平と話したときに、結局俺が悪かったんだって分かったから…。」
そう言うと長岡は更に訳が分からなそうな顔をする。
「何言ってんだお前。間男は悪いに決まってんだろ。」
自分で間男って言った…。
「…でも、あの時長岡のこと止めらんないまま受け入れてたのも事実だし、宗平もそんな俺に怒ってるとこがあるって思うし…。」
そう伝えると長岡は心底面白く無さそうに俺を見ながら「へぇ?止めらんないまま…ねぇ?」と言う。
そして俺の手を取ると長岡は「え!?」と慌てる俺をリビングのソファに引き倒した。
「…長岡…!?」
「お前さ、自分が今でも簡単に抱かれちまう程俺と力の差があるって…分かってる?」
「っ…!?何言っ…。」
困惑する俺のシャツの中に入ってきた手がスルリと脇腹を撫でて、それが擽ったいのにゾクッとしたものを背筋に走らせる。
腕は頭上で纏めて長岡の片手に抑え込まれていて、足ものしかかられていることで可動範囲が恐ろしく狭い。
俺を見下ろして不敵に笑った長岡が顔を近付けてくるので俺は慌てて目をギュッと瞑った。
「っ長岡!冗談よせ…っ!」
顔を逸らすため首を捻ろうとするが、脇腹にあった手で顎を捉えられ動けないよう固定されてしまう。
「っっ…。」
もう吐息のかかる距離に長岡の顔がある。目を開けたら、きっとはっきりとなんて見えないくらい近くに。
せめて口だけでもと思って口をへの字に曲げて必死に拒絶を示していると、突然フッとかかっていた全ての力が消えた。
「するか。ばーか。」
体を起こしながら俺を見下ろした長岡はそう暴言を吐いた。
「…!な…!なっ…!?」
起き上がった長岡に合わせるように俺も体を起こすが、怒りと困惑で言葉が上手く出て来ない。
長岡はソファに座り直すとそんな俺を横目で見る。
「これで分かったろ。俺が抱きたくてお前の意志を無視して抱いた。だから彼氏の笠井に殴られた。自業自得だ。そうやって納得してるもんを後から他人に擦り付けさせるようなみっともねぇことさせんな。」
簡潔に長岡はそう言うが、俺はそれでも長岡にも悪い気がしてしまうのだ。そんな俺に長岡は呆れたように「はぁー。」と長く息を吐くと見下すように俺を見る。
「笠井への罪滅ぼしに対する義務感とか必死さが俺への時とは段違いだな。」
「そんなことないだろ。お前俺がどんだけ必死になりながら宗平に嘘吐いて耐えてたと思ってんだよ。」
「それも全部笠井のためだろ。笠井と上手くやってく為に俺との過去を精算しときたかっただけだ。お前大切な奴とそれ以外の差が露骨すぎんだよ。ガキの失言とは言えお前のせいでハブられてたんだぞ。俺は。」
うっ…。い、痛いとこを…。
長岡の言うように『大切な存在ではなかった』小学生時代の長岡の人生を壊したことを、悪いな、とは常々思っていたけど今の宗平に対する罪悪感とは比べ物にならない。
「わ…悪かった…。」
視線もまともに合わせられないまま謝ると、長岡はそれに対し暫くの沈黙で返す。
え?どういう意味の沈黙なんだ?軽い口調だったけどやっぱりまだ結構怒っているのか?
なんて焦っていると漸く長岡が口を開いた。
「…もういい。本当はずっと、どうでもよかったんだろうな。お前との過去なんて。」
その発言に俺は「へ?」と顔を上げ長岡を見る。
長岡の、俺を見ているようで見ていない瞳。
「それに今では俺がお前の『大切な奴』じゃなくて良かったって、思うしな。」
依然俺はよく理解できなくて「何言ってんだ…?」と真意を尋ねたが、長岡は答えずに立ち上がる。
「俺そろそろ寝るけど…お前は?」
「あ、じゃあ俺も…。」
促されるように俺もソファを立ち部屋に向かう。
「じゃ…………おやすみ…。」
長岡に「おやすみ」なんて言うの初めてでたどたどしく言った俺に長岡は笑う。
「名残惜しいならそう言えば?添い寝してやらねえこともねぇぞ?」
「誰が言うか。」
「相変わらずかわいくねーの。じゃーな。…おやすみ、春人。」
そう言って自分の部屋の中へと消えて行った長岡。
最後の「おやすみ」だけが、なんだか優しく聞こえた気がした。
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