206 / 207
8/11(火) from宗平
自分の動向を礼真に知られてはいけないが、信頼してもらう為に姿を現す必要があったと思ったのだ。
初めて会った時にそんなことを言っていた山下晶は、いつの間にか入手した俺の電話番号に突然非通知で電話をかけてくると『春人と別れましたか?』といきなり核心を突くように尋ねてきた。
…ていうか朝寝ぼけてなければ非通知の電話なんて取らねえからな…。
「…別れてねぇ。」
『そうですか。』
「ただ、礼真と何があったのかは、聞いた。」
そう言うと山下晶は少し黙った後に『頭おかしいですよね。あの男。』と言いながら小さく笑った。
「あんたらは…、礼真の海外編入も全部仕組んだのか…?」
『いいえ?海外編入を望んだのは礼真の母親です。』
そう答えると山下晶は『そうですね…。』と呟いてから語り出す。
『礼真は春人を高校卒業後、自身の秘書としようとしたんです。けど春人の両親にとっても春人は大事な跡取りですから礼真からの申し出を断っていました。でもそうしたらアイツ、春人の両親の会社を買収することを目論んだんですよ。』
「…。」
自分の元に、環境的に置いておけないなら他の選択肢を潰す…。大雑把で、だがしかし、その思い切りの良さが春人を追い詰めるのだろう。
『しかし礼真の運営する企業には当時まだそんな事をする力はありませんでした。だから礼真は初めて母の森口三咲に頭を下げたそうなんです。そして森口三咲が礼真の願いを聞く代わりに出した条件が海外の大学への編入。』
「…けど、結局春人の両親の会社はそのままなんだよな…?」
『えぇ。僕らが先手を打ちました。礼真からの申し出を了承はしたものの森口三咲が渋っていると知った春人の両親は、会社の買収中止の代わりに自らの退任を申し出ました。そして礼真と春人を引き離すことも。』
「…?礼真から春人を遠ざけるのも母親の願いだったのか?」
『はい。森口三咲にとっては春人は礼真に付いた『良くない虫』でしたからね。アメリカに春人も連れて行くと言っていた礼真に森口三咲も頭を抱えていたらしく、快く提案に応じましたよ。』
最後に山下晶は『そこからは知っての通りです。』と物語の終わりのように付け加える。
『これで認識していただけましたか?春人を囲む環境と、あなたが相応しい存在ではないということを。』
そして山下晶はこちらにそう問いかけてくる。とても穏やかだが、棘のある言い方だ。
「あんたらのこと、結構ベラベラと明かしてくれたのって…何か意図があるのか?」
『ただあなたに理解を深めてもらいたいだけですよ。礼真は手段を選ばない男です。あなたの存在を見付けたら、どうするのでしょうね?あなたの四肢を落とすでしょうか?それでもあなたが春人から離れて行かなければ兄弟や両親にも被害が及ぶかもしれません。お前のせいだと…家族から責め立てられるでしょう。その時、あなたには何が出来ますか…?』
問いかけているだけのはずなのに、山下晶は先程よりもずっと楽しそうに語る。どこか諦めているような、自嘲のような笑いが電話口から聞こえた。
『答えは、また改めてお聞きします。』
黙り込む俺に山下晶はそう言い残し電話を切った。
ぐるぐると、出口の無い迷宮に落とされたような、そんな気分が一層強まった。
ともだちにシェアしよう!