1 / 6

第1話

電車を降りて欠伸をしながら(りょう)は改札へ向かう。 気だるい午後のビル風が髪をなびかせた。 (そろそろ切らないとな…) 襟足が伸びてきて見た目にもウザったくなっている。 この髪が伸びた分がフリーターになった時間を指していた。 バイトをしていた中華料理店が営業不振を理由に閉店した。 店長はひたすらに謝り通してくれたが、職がなくなったことは事実だ。 バイトばかりで、のらりくらり暮らしてきたツケかなと涼は感じている。 大学を出てマトモに就活もせず、一生懸命励む友人達を見て見ぬふりしながらのんびりと過ごして。 気がつけば周りは就職し、家庭を持ち幸せそうに過ごしていた。 まあそれでも、これが自分の選んだ道だと偉そうに虚勢を張る。 誰に対してなのかも分からない。 改札前でICカードを出そうとした時、ふと隣を歩く気配に気づき目を向ける。 姿勢を正して颯爽(さっそう)と歩く坊主がいた。 大股で歩く姿に涼は目で追う。 改札前で坊主は斜めにかけていた頭陀袋からスマホを取り出し自動改札にかざして改札を出る。 一連を見ながら涼はホォ、とため息をつく。 (坊主ってやっぱエロいよな) 何を隠そう、涼は坊主フェチである。 (しかも今のやつ、あの古めかしい袋からスマホとか…カッコよすぎだろ…) 涼は自分が坊主になりたい訳ではない。 鉄道マニアが電車の運転手に憧れると言う類ではなく完全なる性癖だ。 街で見かけるとつい見入ってしまうほどの筋金入り。 流石にこんな話、誰にも言えない。 (しかも結構なイケメン坊主だったな) さっと通り過ぎただけの坊主の顔をチェックできているあたり、我ながら怖いと涼は一人笑う。 自分も改札を抜けて帰路につこうとした時、先ほどの坊主が前を歩いていることに気づいた。 颯爽と歩いていた割にはまだこんなとこにいるなんてラッキー、と涼はホクホク顔だ。 (…ん?) ふと気がつくと坊主の歩みがかなり遅い。 右手で腹部を抑えたような格好で歩いている。 そおっと隣に行ってみると、イケメンの坊主の顔が少し歪んでいた。 (具合が悪いのか?) 気のせいか顔も青ざめているように見えた。 これは人としてほっとけないだろ…、と自分に言い聞かせ、思い切って話しかけた。 「あ、あのお坊さん。具合でも悪いんですか?顔色が悪いですよ」 話しかけられた坊主は涼の方を向く。 通った鼻筋に、少しこけた頰。 切れ長の目がイケメン度を上げている。 が、思ったより具合が悪そうだ。 「…はあ、少し…、腹の具合が…」 少し頼りないような声でそう答える坊主。 右手は相変わらず腹をさすっている。 「腹痛ですか?…あの、オレんち近いんで休んていきます?倒れそうな顔してますよ」 (何の下心もありませんからっ!) 心の中で、涼は呟く。 坊主は少し驚いた顔をして、ご迷惑をかけるわけには…、と言った瞬間体が崩れた。 「う、うわ…!大丈夫…?!」 思わず体を支えて涼は慌てる。 坊主はうっすらと消え入りそうな声でこう、呟いた。 「実は、お腹空いたんです…」

ともだちにシェアしよう!