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第1話

4月。 あたたかな陽射しとやわらかな風。 春の陽気のせいだろうか、いつもよりみんなの足取りが軽いように思う。 いよいよ始まる新生活への高揚感を胸に抱き、慣れないスーツや制服に身を包んだ人々が自分を追い越していく。 かくいう俺自身も慣れないスーツに身を包み、大学の入学式へと向かっていた。 「ドキドキするなあ」 無意識に口をついていた言葉に自分で苦笑しながら歩を進めていると公園の目の前に差し掛かった。すると入口近くのベンチにスーツ姿の男が座っているのが見えた。 年は同じくらいだろうか。自分と同じように入学式に向かう途中なのだろうか。 そんなことが頭をよぎりつつもそれ以上に、あまりにも美しい容姿をしたその男に同じ男ながら目を奪われてしまっていた。 ベンチに座っていても分かる長い足、形のいい唇、長い睫毛と少し色素の薄い髪が太陽に照らされてキラキラして見える。伏し目がちに座るその男は1人だけ違う世界にいるようだ。 「きれい...」 不意に口をついて出た言葉に驚きながら、男にみとれていた自分がだんだんと恥ずかしくなってきて足早にその場を去った。 でもあの男の顔は何故だかずっと頭から離れなかった。 (こんなふわふわした気持ちになるのは春の陽気のせいかな) なんて春を都合のいい言い訳にしながら入学式へと向かった。 *** 入学式場に着くとものすごい人でごった返していた。 「うわ、やっぱ大学となると人の規模すごいよなあ〜」 キラキラした他の学生達に圧倒されながら隅っこの方に避難していると、突然スマホが鳴った。 「優真ああああ!どこ?お前どこにいるの!?」 あまりの大声に耳がキーンとなりながらも、電話の相手である中高の同級生で親友の和人に答えた。 「お前、急に大声で叫ぶなよ〜。耳痛いじゃん。」 「だってさ!めっちゃ人多いし、なんかみんなめっちゃチャラそうに見えるし、1人で不安だったんだよ〜!」 「だから一緒に式場向かおうって言ったのに。絶対人多いから現地で待ち合わせなんて無理だと思ったもん。」 「うええ、ごめん優真〜。お前の言う通りにするんだった〜!」 「とりあえずさ、かずどこら辺にいるの?合流しよ」 なんとかかずと合流して会場に入り席に座るとしばらくして入学式が始まった。 式自体は大して面白くもなかった。学長や学部長達の長い話を聞いて、ぼーっとしていたら気づくと式は終わりに近づいており、新入生代表挨拶のアナウンスがされたところだった。 「新入生代表挨拶 文学部 白坂恭介」 「はい」 凛と澄んだとても心地よい声。思わず勢いよく顔をあげてしまった。そこで目に入った姿を見てはっと息を飲んだ。 「あたたかな春のおとずれとともに...」 形のいい唇から発せられる見た目にぴったりと合ったキレイな声で挨拶を読み始めたその男は、今朝見たあの美しい男だった。 もうそこからは何も耳に入ってこなかった。ただただ彼の美しさに見とれていた。 同じ大学、しかも同じ学部だったんだということに少し心躍ってしまっている自分に戸惑いながら、もう俺は彼の抗えない魅力の虜になっていた。 *** 「優真!写真!写真撮ろ!」 いつの間にか式が終わっていたことにも気づかなかったらしい。かずの楽しそうな声を聞いてやっと現実に引き戻された。 「何ぼーっとしてるの、優真。まあ退屈だったもんね、あの式。でも折角2人で入りたかった大学受かって、今日はその入学式なんだから記念残さなきゃ!ね!しゃーしーん!」 「あ、そうだよな。ごめんごめん、あんまり退屈でぼーっとしてたよ。」 まさか男に見とれてたなんて言えず苦笑した。 「あ、でもあの俺らと同じ学部の新入生代表のやつ、めっちゃイケメンだったよな!あれだけはちゃんと見てたわ、俺!」 「あ、え、ああ。あんまり覚えてないな。ぼーっとしてたから。そうだったのか、見ておくんだったよ。」 突然出てきたあの男の話題に慌てて、それを気取られたくなくて視線を逸らして答えた。覚えてない訳がない。というかそれしか覚えてない。 ただ男のかずでもイケメンって思うなら俺が特別おかしいわけじゃないのかもと少し安心感を覚えつつ、でもなんだかやっぱり気恥ずかしくてほんとのことは言えなかった。 「ふーん、そっか...。へえ... まあそんなことよりさ、写真撮ろ!」 一瞬冷たい雰囲気を感じてかずを振り返ったがそこにはいつもと変わりない可愛い笑顔を浮かべたかずがいて、気のせいかとほっとした。 その後は無邪気にはしゃぐかずを見て癒されながら写真を2人で撮ってなんだかんだあっという間に帰路に着いた。 帰り道、あの男がまだ少し気になってあの公園を覗いてみたが、もちろんいるわけはなく、それに少しガッカリしたような寂しいような気持ちを感じる自分に気づきさらにまたガッカリして家へと帰った。 優真と別れ、彼の後ろ姿を見送りながら和人は少しの苛立ちを感じていた。女の子にすらそんなに興味を持たない優真があんなに熱を帯びた目で見つめていたあの男。許せなかった。 「余所見しないでよ。僕だけの優くんでいいのに。」 ギリッと歯を食いしばりながら遠ざかっていく優真の後ろ姿を見えなくなるまで見つめていた。

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