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第2話

入学式が終わって今日は初めての登校日だった。顔合わせも兼ねたガイダンスが行われるらしい。 今日会う人はみんな4年間一緒に学校生活を送る人達なのだから第一印象は大事だよな、なんて思い自分の中ではなるべくおしゃれだと思う服を選んでちょっと髪型も気にしながらドキドキして学校に向かった。 「えーと、A棟の大講義室か」 行き先を確認しながら初めてのキャンパスをちょっとワクワクして歩く。 文学部のキャンパスは緑が多くて、息を吸いこむと春の香りがする。 素敵な大学だ、入ってよかった、と思いながらゆっくりと歩いていると目的地のA棟に着いていた。 大講義室に入るとまだ時間より少し早いのに多くの学生が集まっていた。同じ高校出身の学生同士なのかとても仲が良さそうに話している人達がかなり見られる。 人見知りな俺は学籍番号順で指定された席にひっそりと座り大人しくスマホをいじっていた。 隣に座った人と仲良くなればいいじゃんと思い積極的に話しかけられない自分を励ましていたが、ほんとに運が悪いのか俺の席は窓際の一番端で、片方しか隣がいない席だった。その肝心の隣もまだ来ていない。 いや、まあその1人と仲良くなれたら万万歳じゃん、俺にはかずだっているし。ときっと寂しい心を埋めてくれるであろうかずとまだ見ぬ隣の席の人に思いを馳せていた。 だが、集合時間の3分前になってもかずも隣の人も来ない。スマホをいじっているのにも飽きてずっと窓の外を眺めていた。なんでかず来ないんだよとちょっとムッとしながら窓の外の桜をずっと見ていた。 1分前くらいになってかずが教室に駆け込んできて慌ただしく席に座ったのが見えた。 なんだあいつ寝坊したのか、と笑いを堪えていると教授が教壇で話し始めた。隣の人はまだ来ていなかった。 内容はカリキュラムの進み方や履修登録の仕方、授業の取り方などだった。9時に始まったガイダンスだったが、話を聞いているうちにあっという間に11時近くになっていた。 隣の人はまだ来ない。大丈夫かな、そういえばあの代表挨拶をしていた男もまだ見かけないななんて思っていると後ろの方で扉が開いた音がした。 扉の方を振り返るとあの男が立っていた。また目を奪われてしまいそうになる自分をぐっと抑えて、バッと前を向いてなんてことないと思おうとした。 すると足音が近づいてくる。嫌な予感がする。初っ端のガイダンスに欠席や遅刻するやつなんてほとんどいないから、空いている席がほぼないのは分かっていた。しかも俺の名字は白木であいつは確か白坂だった。足音と気配が近づいてくる。 いや、まだ分からない。もしかしたほかの席も空いているのかも。 ドキドキと鼓動を速める心臓を黙らせたくてギュッと目をつぶった。期待してしまっている足音がすぐ後ろで止まる。息を飲んだ。 「そこ、いいですか?」 凛と響く声。ガバッと後ろを振り向くとあの美しい顔が俺を向いていた。嫌な予感は的中した。 「あ、す、すいません!ど、どうぞ!」 勢いよく立ち上がって彼が入れるように席を退けた。 「ども。」 短く言って彼は座った。俺も彼に続いて隣に座ったがドキドキは収まるどころか加速していた。 (なんでドキドキしてんだよ、俺〜) 隣の人と仲良くなろうなんて目標はすっかり忘れて小さく縮こまっていた。 隣からはふんわりといい匂いがする。イケメンは匂いまでいいのかと少しむくれているとまたあのきれいな声が聞こえた。 「大事なこと、言ってた?」 びっくりして声がする方をおそるおそる向くと彼がこちらを見ていた。 「あ、言ってたけど、ぷ、プリント見たらわかる程度だと思う...」 慌てて目を逸らして、消え入るような声でなんとか答えた。 「わ、分からなかったら聞いて!俺で良ければ教えるから...」 そう言ってもう一度彼の顔を見ると髪に何かが付いているのが見えた。桜の花びらだった。 桜似合うなあ、と思いながらぼーっと見ているとお昼近かったこともあってお腹が空き始めていた俺は連想ゲーム的に桜餅を思い浮かべてしまっていた。 「さくらもち...」 「え?」 声に出ていたことには全く気づいていなかったので彼の声にハッとした。 「あ!お、俺今なんか言った?」 「さくらもちって」 「あ、うあ、恥ずい...。君の髪に桜付いてたの見たらさくらもち思い出しちゃって...お腹空いてたから... まさか声に出してたとは...」 恥ずかしさで真っ赤になりながら俯いて答えた。 クスッと聞こえて顔を上げると今まで見たどんなものより綺麗なんじゃないかと錯覚するほど、美しく微笑んだ顔があった。 「さくらもちって。面白いな、お前。 俺、桜付いてたのか。ねこかな。」 「ねこ...?」 「さっき桜の木の上で降りれなくなってたの助けてきた。ぜんぜん降りてこないから苦戦して、遅刻。」 優しい微笑みを浮かべたまま淡々と話してくれた。 この美しさと遅刻の理由のギャップがなんだか可愛くて、猫好きなのかななんて思うと余計に親近感が湧いて愛おしさに似た感情を覚えた。 「猫好きなの?」 「うん、好き。」 さっき以上に微笑んだ彼の笑顔はもはや人を殺せるレベルだなと心の中でやられながら微笑み返した。 「そっか。優しいな、猫助けてあげて遅刻しちゃうんだもん。」 「いつも可愛がってる猫。公園で。野良なんだ。様子見に行ったら、そうなってた。」 ああ、もしかしてあの入学式の日も猫のために彼は公園にいたのかも、と納得しながら聞いた。 「それは心配だよね。」 「みーこ、危なかった。」 この顔からみーことかいう可愛い名前が出てきてギャップで胸がきゅうっとなった。なんなんだこれは。 「き、君がつけたの?」 「うん。」 「可愛い名前だね。見てみたいな、君がそんなに可愛がってる子。」 彼があんまり嬉しそうに話すものだから無意識にそう言ってしまっていた。言ったあとで図々しかったかと後悔して慌てていると 「...今日このあと見に来る?」 彼が嬉しそうに微笑んで言った。 「い、いいのか?」 「うん、いいよ。特別。お前みーこに似てる。」 ふふふっと楽しそうに笑う彼はなんだか幼く見えて、そんな一面を見れたことに俺は言い様もない喜びを感じていた。 「俺その猫に似てるの?」 「見たら分かる。後で。」 またクスッと笑うと彼は前を向いて教授の話を聞き始めた。この会話はここで終わりらしい。 彼は短い言葉でちょっとずつ話すこと、猫が好きなこと、綺麗に笑うこと、意外と幼いこと 彼のことを少し知れた気がして俺は少し舞い上がっていた。 今日この後一緒に猫を見る、また彼と話せるということで頭がいっぱいでその後の教授の話は全く聞いていなかった。 この言い様もない嬉しさや愛おしさやドキドキは大学入って初めての友達ができるかもっていうワクワクのせいだと思っていた。

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