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上
「お前、本当使えないよな」
イスに座った深島 さんが、苛立たしそうにしながら吐き捨てるようにそう言った。
深いため息を吐く彼の手元には、一枚の書類。今月の店での破損品が金額と共に書かれているものである。
深島さんの不機嫌さを表すかのように、彼の指がしきりに上下する。トントン、と一定のリズムで刻まれる机上をたたく音は、僕を『逃げ出したい』という気持ちで支配するのに一役買っていた。そもそも、深島さんがこうして苛立ちながら僕に罵倒の言葉を投げかけるのは、店の破損品――つまりは割れた皿やらグラスを大量に生産したのが他ならない僕だからであって。
「今の時代さあ、どこの飲食も厳しいの、分かるか? なあ、七見 ?」
「すみません」と声に出したつもりが、しばらく説教を聞いていたせいか、思っていたよりもずっと小さな声となって床に落ちていく。それが更に深島さんの神経を逆なでしてしまったようで、彼は大きな舌打ちをした。
「いい加減、まともな仕事をしてほしいよ。そりゃバイトだけどさ。俺みたいな社員ほどじゃなくても、バイトはバイトで最低限の責任ってもんがあるの。まったくの無責任で出来る仕事があるほど社会は甘くねえの」
そう深島さんは言うと、イスから立ち上がり。「お前、今日はもう上がりな」と僕に投げかけ、僕の頭を軽く小突いて事務所を後にした。
□■□ □■□
そんな風に、三時間ほど前に険しい顔で僕を説教していた深島さんは、今、あぐらをかいた僕の太ももに頭をのせてごろごろとしている。顔はほんのりと赤く、先ほどのしかめ面からは想像できないほど、緩み切った顔をしている。
そしてとてつもなく、お酒臭い。
「ああ、ほら、深島さん。飲むなら起きて。寝転がったままだとこぼすよ」
「んー……」
ちゃんと聞いているのかどうか、分からないような声を深島さんは返してきた。
半分だけ起き上がって、近くの机の上にあった缶ビールを、なめるように少しだけ飲んで、また僕の太ももの上へと頭をのせる。
仕事上がりに一杯ひっかけてきたようで、深島さんはすでにべろべろに酔っていた。
「七見ぃ~、さっきは悪かったな。思ってたより、もっと、こう……なんていうかさあ、もっとうまく叱れるようになりてえなあ。俺、社員だからさあ、バイトの扱いをさあ、こう……」
出来上がってしまっている深島さんは、支離滅裂で、呂律もまともに回っていなかったが、言いたいことはつまり「さっきはごめんね」ということらしかった。
「いいえ、僕のほうこそ。というより、深島さんは何も悪くないです。皿を割る、どんくさい僕が悪いんで――うわっ!」
寝転がっていた深島さんが仰向けになったかと思うと、僕の首に腕を絡めて強引に自分の顔の元へと僕の頭を引き寄せた。
ちゅ、と軽くキスをすると、「でもそういうところも俺、好きなんだよぉ。怪我だけはしないでな」とにへら、と笑った。
――あー、もう、この人は!
僕はやりどころのない喜びを、奥歯をかみしめて自らの中で消化する。
深島さんは非常に酒に弱い。飲めない、というわけではないらしいのだが、とにかくすぐに酔う。そのことを知ったのは、付き合い始めてから、割とすぐのことだった。
つんけんしている、どころか非常にとげのある言動しかなく「本当に付き合っているのだろうか?」と悩んだのはほんのわずかで。
深島さんは普段は冷たいけど、酒を飲むとべろべろに甘えてくる、ということをすぐに僕は知った。酔うと記憶はあいまいになるらしく、細かいことは覚えていないことが多いらしいが、まったく記憶がないということもなく。酔うと素直になる、というタイプの筆頭のような人だった。だから、何か素直に言えないことがあるときは、こうして酒を飲んで僕の家へとやってくる。
こういうときは一人暮らしでよかったなあ、と思ったり思わなかったり。いや、思う。
『言いたいことは酒の勢いで』というような人なのだ。実際、告白されたときも酒臭かったような気がする。
「……み、深島さん?」
深島さんが買ってきた缶ビールたちのそばにあったつまみのナッツを少しもらおうと、机に手を伸ばした時、腹のあたりからカチャカチャという音が聞こえてきた。
「深島さん、何を……」
何をしている、と聞かないでも、見れば分かる話だった。
寝そべった深島さんが、少し上体を起こして僕のベルトを外している。
「ちょ、ちょ、ちょ……!」
深島さんを止めようとするが、彼は全く聞き入れてくれない。
あっという間に僕のソレを暴き出したかと思うと、軽くひとなめした。
「ひぅっ!」
我ながら情けない声が上がる。深島さんはいたずらが成功した子供のような、満足げな笑みを浮かべる。
「なあ、七見。したい。……ダメか?」
上目づかいにそう言われれば、二つ返事をしたくなる。
「だ、めだよ……。深島さん、飲むと全然勃 たなくて、出ないでしょ! 苦しいのは深島さんなんだから……っ」
「らいじょーぶ」
結局、深島さんは僕の許可を得る前に、ぱくりと、熱を持ち始めた竿を口に含んだ。
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