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第1話
余計なことを言うべきではなかった。
騎一が楽しそうに大きな自分のクローゼットの中身を眺めている姿を見ながら、郁は酷く後悔していた。
「郁はさ、体の線が細いから……ごてごてのドレスでもトルソーみたいに綺麗に着こなせるよ。」
騎一はこれもいい、あれもいい、と何着あるんだっていう量のドレスを一着一着選別しながら、ご機嫌な小鳥が囀るように言う。
郁はそれを見ながら頭を抱えずにはいられない。まずいな、とどこか他人事のように思いながら絨毯の上にベッドを背もたれにして膝を抱えて座っていた。
まさか自分の一言がこんな展開を招くなど予想だにしていなかった。
だが、そもそも普段とは違う綻びがあったのは騎一のほうなのだ。
騎一は出会った時から服装の話になると、ロリータとか、クラシカルとか、シフォンとか、レースとか、ドレープとか……ボンネット、リボン、オートクチュール、モスリン……そういった言葉をよく使っていたし、勿論そういう服を好んで着ていた。
着ているだけではない。完璧に着こなして自分のものにしていた。
恰好よかった。恰好いいし、クールで、ロックだった。そう言うと騎一は決まって、いや可愛いしキュートだしクラシカルだろって反論する。でも郁にとっては恰好よかった。自分と自分の美意識のためだけにお洒落で武装する彼は酷く尊敬できるし、それに……。
それが一体どういう風の吹き回しなのか、ここ数ヶ月、ドレスをさっぱり着ていない。古着系とゴシック系を足して二で割ったような服装だ。
我慢できなくなって、騎一の部屋についてからやっとの思いで理由を聞いたら、彼は軽く一言。
『郁とお揃いっぽいコーデもいいかなって。流石にダサいTシャツは勘弁だけどな。』
ダサいって言うな。
でもその答えはおおむね予想していた。
だから、郁は口を開いた。今まで通りの服を着て欲しい、そのままの気持ちを言えばいいのに。
『似合わない。』
出てきた言葉がこの一言だ。
なんで思ったように話せないのか。心の中でため息をつく。
本音を言えば騎一が今着ているパーカーもスキニーもシックなインナーも、決して似合わないわけじゃない。騎一はなんでもよく着こなす。服に寄せて髪型もメイクも香水もネイルも変えるのだ。自分の見せかたを分かっている。でも自分は変えない。彼は服の奴隷ではない。かしづいて隷属するのは服のほうだ。
確かに世間にはパーカーの方が馴染む。でもそうじゃない。騎一は形骸化した世間なんかに媚びなくていい。
心では素直に思うのに、どうして口からは出てこないんだろう。
『それってロリータの俺のほうがいいってこと?』
郁はどき、とした。全くその通りだったから。でもなにも言えず返事の代わりにふい、とそっぽを向くことしかできない。
騎一はけらけら笑いながら郁の手を取って笑う。郁の仕草から質問の答えがイエスだと受け取ったようだ。
触れた指先が熱くて、郁は思わず顔を上げてしまった。
騎一は相も変わらずの笑顔で郁を見下ろしている。その瞳は愛しさと嬉しさと幸せをミックスした特別なゼリーみたいにキラキラしていた。
……胸焼けしそうな気持ちになる。
『お揃いコーデでデートするの、結構気に入ってたんだけどなあ。……あ、そうだ。じゃあ郁が着てみる?』
耳を疑った。
『郁が俺のドレスを着てみてよ。』
……本当に、余計なことを言うんじゃなかった。
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