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第8話

「『騎一の匂いがするから想像以上に欲情してます』って顔に書いてあるよ。」 「……書いてない。」  紙のように薄っぺらい虚勢などまるで意味がない。 「俺も興奮する。脱がせる時から、ね、この綺麗な綺麗な脚の間に体突っ込みたいってずっと思ってたんだけど。」 「っ、なっ……ん……!」  腰をなぞっている手を滑らせて、ドレスの裾から出ている郁の太ももの内側をさすった。 「俺の匂いがする郁なんてまるで全部俺のものみたいじゃない? なんかもう食べちゃいたい……。鎖骨とか太ももとか、普段見えないところが見えているのもすごくえっちだし……結局全部着てくれたよね。」 「ゃ、め……ッ……。」 「ねえ、このまま……シよ。」 「うわッ……!」  郁は掬うようにベッドに投げ出された。すぐに騎一が上に覆いかぶさってくる。思わずぎゅっと目を瞑ったら、次に来た衝撃は想像以上に優しくて、うっすらと目を開けると騎一がそのまま優しく抱きしめてくれる。 「郁はサ……本当に優しいよね。」  郁は胸板に顔を預ける騎一の頭に手を置いた。それはこっちの台詞なんだが。 ドレスの裾から彼の手が入り込んでくる。息を呑んだ。 「本当は俺のドレスを着ることも、それを着たままやらしいことするのも嫌でしょ。目隠しだって怖かったら自分で解けばよかったのに。今だってコルセットが苦しくて脱ぎたいでしょう。恥ずかしくて顔から火が出そうでしょう。」  ……その通りだ。でも俺はそれをしていない。黙って騎一に組み敷かれている。  騎一は欲情しながらも困ったように笑って郁を見る。 「郁のいろんな姿が見たくていつも郁の優しさに甘えてしまう。だって好きなんだもん。好きで好きでおかしくなりそうなくらい好きで、全部愛しいの。いっつも郁に無理なお願いをしているよね。ごめんね。まあでも自重する気はない。」  額にいたずらなキスされた。 「だけど本当に嫌なら、やめて、って言ってね。俺、つけあがっちゃうから。」  扇情的な今までの声からは想像できないような静謐な声だった。  郁は騎一の顔を見る。  そんな顔するな。して欲しくない。そういうのは要らない。 「……ねえよ。」  喉がカラカラに乾いている。 「え?」  心臓がバクバクしている。飛び出そう。吐きそう。  苦しさを上乗せするような熱い息を吐き出して、郁は騎一の目を見た。 「騎一にされて嫌なことなんてねえよ。」  絶対顔が赤い。泣きそうになる気持ちを奮い立たせた。ちゃんと最後まで言わないと。俺だって、ちょっとは、恰好いいところ、見せたい。  普段言えないからせめて今日だけは今だけはちゃんと言え。言うんだ。素直に言え。 「どうして?」  彼は挑発的な目で郁を見下ろした。  全部わかっている顔だ。憎たらしくて、それと同じくらい優しい。 「好きだから……!」  本当に顔から火が出そうで、郁は思わず両手で顔を隠した。それを騎一が許すわけも無い。すぐに手首を掴まれて、シーツの上にはりつけにされた。  はだけた鎖骨の辺りに、痛いくらいのキスマークがつけられる。 「ひぅ……ッ!」 「俺も大好きだよ。」  口を塞がれた。彼の舌が口腔に入り込んでくる。脚の間に入り込んできた彼の体は、素肌に当たって生々しい。だけどそれに欲情している自分も認めないといけない。 「優しくて可愛い郁が大好き。」  可愛いなんて、言われ慣れてないけれど、彼の可愛いはどうしてだろう。本当は嬉しい。その可愛いを信じたくなる。だって彼は可愛いを極めている者だから。彼の可愛いには嫌になるくらいの血を吐くような努力の結晶が込められているから。俺、可愛くていいのかな、って。思ってしまう。  騎一。  自分の命より大切なドレスを、こんな俺に着せてくれてありがとう。  こんな俺を可愛いって、好きって言ってくれてありがとう。  騎一の無尽蔵に思える熱に茹だりながら、郁はおずおずと彼の首に手を回す。静かに体の力を抜きながら、ドレスだとやりやすいね、って笑う騎一の声を耳元で聞いた。  自分からした口付けは、彼のレースとフリルの味がした。 終

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