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あと五日 ─凛太─
ロミオとは違う貴族風衣装を着た結城が「好きだよ」と囁いてくれた声、抱き締めてくれた腕の力強さ、何とも言えない芳しい香り、愛おしげに見詰めてくる視線…。
初めて体感した発情を毎日抑えてくれた結城の事が、凛太は忘れられなくなってしまった。
様々な衣装に身を包む、凛太の麗しい想い人がα性でなければ、もう少し夢を見ていられたかもしれない。
Ω性に不満も不便もないけれど、「好きです」と伝えられないのは苦しかった。
日課だった覗きをやめた凛太は、生徒手帳の中の結城にしか目を向ける事が出来ない。
誰も居ない放課後の教室で薄暗い空を窓から眺めていた凛太は、切なさに今にも泣いてしまいそうだった。
「りんりん」
「────!」
「一昨日から体育館で稽古してるんだけど、凛子から聞いてない?」
涙がこぼれ落ちる間際、無人だと思っていた教室に現れたのは恋するロミオ姿の結城その人。
窓際に居て逃げられない凛太に、数日ぶりに会うロミオはゆっくりと近付いてくる。
当然稽古の事は知っていたが、凛太は首を横に振った。
「………………」
「そっか。 …見に来てよ。 りんりんのために頑張るから」
「………………」
薄れ掛けた記憶そのままの愛おしい声が心に染み入って、視線をそらせなかった。
無音の教室が、凛太の沈黙を何分にも何十分にも錯覚させる。
「Ω性はα性に想いを伝えるどころか、話もしちゃいけないんだって?」
「……っ!」
「身の程知らずって笑われるから…だって?」
「そ、それ……」
「凛子から聞いたよ。 ふざけるなって言っといた」
ふっと微笑む結城を、信じられない思いで見詰める。
足裏に根が生えたかのように微動だに出来ない凛太の両手を、ロミオ姿の結城が優しく手に取り、握った。
真っ白な手袋の布地越しにも伝わる結城の体温が、温かくて心地良い。
「Ω性は希少性だから、今やみんな欲しがる存在でしょ? 可愛いりんりんが無闇やたらとα性に近付いたら、その瞬間にうなじ噛まれて、りんりんが不幸になるかもしれないって凛子は心配してたらしいよ」
「……………!」
「でも心配の仕方を間違えてるから怒っといた。 好きな人には好きって言っていいんだよ、りんりん。 それがどんな性でも、誰も笑ったりしない」
「……どんな性でも?」
「うん。 少なくとも俺は嬉しい。 りんりんが好きって言ってくれるの、ずっと前から待ってる」
「……っ、ずっと前から?」
凛子のまさかの本音と結城のさり気ない告白に、思わず手のひらにクッと力が入った。
結城は微笑みを絶やさない。
他でもない結城に発情を抑えてもらえただけで、凛太はいい夢が見れたと思っていたのだ。
α性である結城は、まさしく劇中のジュリエットとのように、同じα性の女性と熱烈な恋をするものだとばかり───。
「教室の隙間から覗いてたの、俺が気付いてないとでも?」
「えっ……バ、バレてたんですか!」
「ほぼ毎日だったからね、さすがに気付くよ。 俺もりんりんの事ずっと見てたから」
「…え…?」
「その話は、好きって言ってくれたらしてあげる。 りんりん、我慢しないで言ってみて」
覗いていた事も、凛太が隠してきた恋心もバレていたと知って、顔から火が出そうだ。
当たり前だと言わんばかりの言い回しに、恥ずかしさが込み上げる。
「……ここを受験するって決めたのは、その…ロミオな結城先輩が居たからなんです」
「うん、それで?」
「あ、あの……」
ずっと秘めていた想いを、なかなか口に出す事が出来ない。
いけない事だと植え付けられ、抑え付けられた想いは簡単には言い出せなかった。
たとえ目の前にクラクラするほどいいにおいの結城が居ても、大好きなロミオ姿に扮していても、……難しい。
あわあわした様を見てクスッと笑った結城が、凛太をふわりと抱き締めた。
「仕方ない。 告白は当日聞こうかな」
「と、当日…?」
「ラストシーン、りんりん期待の新しい衣装なんだ。 告白してくれたら、その衣装のままぎゅってしてあげる」
「────!」
「楽しみにしてて。 俺も、楽しみにしてるね」
凛太を抱き締める腕に力を込めた結城が、嬉しいような、照れくさいような魅惑の取引を持ち掛けてきた。
ぎゅってした後、たくさん眺めてもいいですか。
好きなだけ見ていてもいいですか。
そんな事を口走ってしまいそうになった凛太は、腕の中で静かに笑みを漏らした。
本番当日までの残り五日、告白の猛練習をしなければならない。
ロミオ姿の結城に恋したあの日から一心不乱に勉強に勤しんだ凛太なら、それもきっと、うまくやれるはずだ。
【終】
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