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第7話

「……おまえが俺をどう思っているのか、大変よくわかった。俺は慈悲深いご主人様だから、その正直さに免じて、依頼人と交渉し、あの女と会う機会を与えてやろう」 「えっ!」 「そのかわり、明日は荷物持ちとしてしっかり働け。急な仕事が入った。ボディガード兼秘書として、ふさわしい姿になってもらう」 「はい、師匠。ありがとうございます!!」 「あぁ、それと、キャビネットの下に入るのは禁止する」 「でも俺、暗くて狭くて埃っぽくて、じめじめしている場所が居心地いいんですけど……」  まるで、台所に出る黒いアイツのような習性に、伯爵の表情が強張った。 「……わかった。おまえのために暗くて狭い場所を用意しよう」  伯爵が菫青を膝からおろすと、クローゼットに向かい、カシミアのマフラーと内貼りがカシミアの革手袋を手に戻ってきた。  マフラーを鳥の巣のような形に巻いてテーブルに置き、その中心に革手袋を入れた。 「これでどうだ」  急ごしらえの、しかし素材は最高品質の巣を与えられ、菫青が歓声をあげた。 「こんな素敵な寝床、使っていいんでしょうか」 「そのために用意したんだ。いいに決まっている」 「ありがとうございます!」  体育会系の学生のように勢いよく頭をさげると、菫青が蝙蝠の姿になった。  お尻を左右にふりながら、よちよちと手袋に潜り込む。  ちゃんと暗くて狭くて、温かくてふわふわだ。枯葉の寝床とは比べものにならない。 「師匠、最高ですぅ。俺、師匠の使い魔になって本当によかったです。こんないい寝床を用意してもらえたし、産まれて初めてお腹いっぱいになったし。なんて幸せなんだろう。こんなに幸せでいいのかなぁ、俺」  心の底から幸せそうな菫青の声を伯爵が複雑そうな表情で聞いていた。 「おまえという淫魔は、本当に度しがたい愚か者だな。これしきのことで大喜びか」 「俺にとっては、全然、これくらいじゃないです! では師匠、おやすみなさい!」  すこぶる元気に挨拶をして菫青が目を閉じる。  胸いっぱいに空気を吸うと、皮手袋やマフラーから伯爵の匂いがした。  薬草……ハーブ? とっても落ち着くいい匂いだなぁ。  これからは使い魔としてちゃんと働いて、伯爵の役に立たなきゃ。  ポンコツなんて、呼ばれないように。  すぴすぴと菫青が鼻息をたてて熟睡すると、伯爵が大きなため息をついた。 「とてつもなく騒がしい淫魔だ……」 『元気がよくて、よろしいことでしょう』 「元気がいいのではなく、考えなしなんですよ。致命的にここが足りてない」  伯爵が人さし指で頭をつつく。 「淫魔のくせに、腹いっぱいになるのが初めてなど……。どこに、そんな間抜けな悪魔がいる? 餌である人間に嫌われたくない? 元気になってほしいから、悪い気だけを吸う? まったくもって、ありえない。悪魔とは自分本位で欲望に忠実。己の欲求を満たすことがなによりの存在だというのに」  伯爵の指先に蝙蝠の感触が残っている。  温かくて柔らかく、伯爵に比べれば儚いほどに小さな命であった。 「調子が狂う……」  伯爵はぼやきながらシャワールームに向かい、シャワーを浴びて身を清めた。バスローブ姿で寝室に戻り、ベッドに横たわる。 「三津丸殿、お仲間からユニコーンについて、何か情報はありましたか」 『残念ながら』 「では、私もこれから気配を辿ります」  空港でわずかだがユニコーンの気を捉えられたのは大きかった。  伯爵が寝室の照明を絞った。ベッドに横たわり、目を閉じて、リラックスする。  空港で捉えたユニコーンの気を思い出し、頭の中で白馬の姿を再現した。  伯爵が意識を広大な無意識の――エネルギーからなる――世界に投げ入れ、ユニコーンの気を探す。  同じものがあれば、そこに意識が引っ張られる。はずなのに、伯爵の意識はその場に留まったままだ。  二度、三度とくり返しても、ユニコーンは見つからない。  失敗か……。俺の調子が悪いわけではないから、誘拐犯は、よほど上手くユニコーンを隠したのだな。 「失敗しました。三津丸殿。……さっぱり手がかりが掴めなかった。こんなことはひさしぶりです。日本は俺の専門外の魔術が発達しているからだろうか」 『修験道、神道、密教などですな。各地にはそれらともまた一線を画す土着の呪い師も、まだまだ残っております。ゆにこぉんのことを考えれば急いてしまうお気持ちもわかりますが、焦りは禁物。いずれ、彼奴が尻尾を出さないとも限りませぬゆえ』 「ご忠告ありがとうございます。焦らずにユニコーンを探すことにしましょう」 『それがしも明朝より、各地の熊野神社を回り、情報を集めて参ります』  三津丸との会話を終えると、伯爵は目を閉じる。 「美味しいですぅ。師匠、もっとぉ……えへへへへ……」  なんとも幸せそうな寝言が聞こえた。  まったく、呑気なものだ。空腹でなくなっただけで、そんなに、嬉しかったのか。  ……では、主として、明日もたっぷり生気を与えてやらねばなるまい。  さて、どんな方法で食餌をするか。  淫魔には淫魔らしいやり方がふさわしかろうと伯爵がほくそ笑み、ユニコーン探しの失敗から、気分を浮上させていた。

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