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私の側に、いてください
「……アル」
「……ノト」
近づいたノトは、僕の耳に口を寄せ、男にしては高めの声を低く潜ませ、囁いた。
「じっとしてて」
「え?」
「見つかりたく、ないんでしょ? 僕がいつも通り対応するから、彼が去るまで、ここにいて」
「わかった」
はっきりと頷き、返事をする。
そしてその、返事をしたのがいけなかった。
「……零帝、様?」
小さく、呟く声。
店の奥に、ゆっくりとリースが近づいてくる。
ハッと口を閉じ、息をひそめた。
僕の地声は、零帝としてリースの前で発していた。
それはリースと、そしてギルドマスターだけの零帝としての声。
ここに来てからは魔道具を使い声を変えていたのだが、休日ということもあり、その魔道具を家に置いてきてしまった。
なので今の僕の声は、零帝そのものの声となっている。
そのことに今更ながら気づき、囁きすら発しないように、口に手を当てたまま頭ではパニック状態で、ただじっとリースの音を聞く。
と、直前になったところで……僕を隠すようにラリおじさんが何かで僕の顔を覆いながら、前に立った。
その前にまた、ノトが立つ。
「困ります。ここからは関係者以外立ち入り禁止だ、管理の厳しい草花もいるんです。これ以上立ち入られては、例え水帝様といえども、迷惑となります」
「俺は今、水帝としてここにいない。それに、貴方が後ろに隠した人を一目見たいだけなんだ。その人は、俺がずっと探していた人かもしれない。頼む、一目でいい。その姿を見せて欲しい」
切実なリースの声。
頭を下げる姿に、僕らは固まった。
肩が震えている、その肩は無性に、寂しそうで……今すぐ手を差し伸べたい、抱きしめたい衝動に駆られた。
その感情そのままに、手を伸ばす。
と、その手をノトに取られた。
「……ダメ、だよ」
取られた腕を引き寄せられ、守るように頭を抱えられる。
「君は、この人にとって大切な人だ。だから、ダメだよ」
「大切……じゃあやはり、そこにいるのは……」
ラリおじさんを振り切り、リースは無理やりこちらに来ようとした。
間一髪ラリおじさんはリースを止め、後ろからリースを拘束する。
「何故ですか! 何故この人達が側にいることを許して、俺は許してくれないんです!?」
暫く暴れたリースは頭垂れ、そして力なく呟いた。
「俺だって……貴方様の、側にいたい」
それでもう、僕は限界だった。
ノトの腕を抜け、リースの方に進む。
そして手を伸ばし、彼の頭に触れた。
「……リース」
瞬間、バッと彼はこちらを見て、目を潤ませる。
「貴方が大切で、大好きだから……側に、いれないと思ったのです」
「……何故……」
「貴方を、巻き込みたくなかったから」
「何ですか、それは!」
ラリおじさんの手を振り切ったリースは、勢いそのままに僕を抱きしめた。
「俺は、貴方様の恋人でしょう!? 支えるのが、恋人のはずでしょう!? 思いっきり、巻き込ませてください! 支えさせてください! ……貴方様の、役に立ちたいのです」
地面に雫を落とすリースの背中をポンポンと叩き、「わかりました」と微笑み言った。
「隈を作らせてまで、することではありませんでしたね……。これからは、私の側に……いて、くれますか?」
拘束をほどき、見つめ合う。
すると彼は微笑み、僕の両手を包み込み言った。
「当たり前です。貴方様が拒否したとしても、俺は側にいます」
包み込まれた手が、彼の額に触れる。
久しぶりの零帝としての逢瀬は突然で、全然心構えもなかったけれど。
こうして彼に触れている、それだけで僕の心はポカポカと、温かな気分に包まれる。
『好き』の想いが、溢れ出す。
そのまま何秒間かその体制を保った後、リースは「行きましょう」と僕の腕を引っ張っていった。
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