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12:払暁*
「勿論です。だって、玲司さんが好きですから」
桔梗ははっきりと自覚した。玲司の事をアルファとオメガという性差のせいではなく、ちゃんと一人の人間として愛しているのだと。
例え同性だとしても、オメガだとしても、自分の心に偽りはなかった。
好き。だからこそ体も繋がりたい。
それは自然の摂理であり、アルファとオメガという動物的本能よりも、男女という性別よりも遥か高みにある感情。
十五の時から孤独と生きてきた桔梗に訪れた「生きて、愛したい」と思える相手を得た喜び。歓喜は涙となって桔梗の頬を盛大に濡らしていた。
「愛してます、玲司さん。あなたが俺の番で本当に良かった」
「桔梗君」
「だから、俺の中に来て。玲司さん」
精一杯の勇気を出して玲司に囁けば、息もつかせぬ口付けを玲司が桔梗へと与えてくれた。
「もし、嫌だと感じたら、すぐに言ってくださいね」と、一糸纏わぬ姿で覆いかぶさる玲司に、桔梗は破顔する。
どこまでも自分を気遣ってくれる玲司の首に腕を絡め、そっと囁いた。
「嫌って言ったら、玲司さん、キスしてください」
「口封じですか?」
「玲司さんのキスなら、沢山口封じして欲しいです」
鼻頭を合せ、互いに笑みを零す。それから吸い寄せられるように唇を重ねた。
「嫌って言ってないですよ?」
「桔梗君が可愛いから、つい」
クスクスと笑い、何度もキスを交わす。リラックスして弛緩した桔梗の足の間に玲司の手が忍び込んでも、緊張に身を強ばらせる事はなかった。
「あ……ん」
後孔の皺に沿うように玲司の指がなぞる。擽ったいような疼くような甘い痺れに、桔梗は自然と腰が揺れている。窄まりの中心から愛蜜がトロリと滴り、玲司の指を受け入れるように中心が弛緩していく。
玲司の指が蜜を塗りこめるように数度、皺のあたりを撫ぜた後、それは前触れもなく中心へと沈んでいった。
「あ、あっ」
「辛いですか?」
不安そうに覗き込んでくる玲司に、桔梗は首を横に振って否定する。
辛くはないし痛くもない。ただ、不思議な感じがするのだ。
オメガになるまで排泄する器官としてしか使用していなかった場所。オメガになってからは知識として、そこが生殖器に繋がる部分だったとしても、ずっと排泄する場所の意識が強くて、これまでずっと何度もヒートになった時でも、その場所に触れた事がなかったのだ。
そんな未知数の場所に、愛おしい人の指が入っている。
それは歓喜にも近い感情で、後孔はもっと深くへと取り込もうとする。
「気持ち悪くないようなら動かしますよ」
こくこくと頷き返すのを合図に、桔梗のぬかるみの中で、玲司の指がゆっくりと探るように蠢き出す。
ぬちぬちと蜜が捏ねられる音色に、桔梗の羞恥心が高まる。
隘路を滑る玲司の長い指が、ある一点を掠めた途端、激しく腰が跳ねた。
「ここ、ですね」
「え……、あ、ん、……な、なに」
初めて知る強い快感が体を襲い、桔梗は息を乱しながらも問い返す。
「桔梗君の快い場所、ですよ」
「んあ、ぁあ……っ!」
く、と指が曲がる感じがしたかと思えば、快感の塊を抑えられ、啼きながら喉をしならせる。顕になった首筋からは花の匂いがまた強く香った。
オメガは交わる時に、己の持つフェロモンの匂いを強くする。諸説では、確実にアルファの本能を掴む為、匂いでおびき寄せる為だとも言う。それは、沢山の番を持つ事が出来るアルファを自分だけに縛る為、魅力的な香りを記憶させる。一種のマーキングだった。
玲司が桔梗の内を探る指の本数が一本から二本へ変わり、馴染めば三本と増える。その間も桔梗は過ぎる快感に頭を振り、眦の涙が宝石のように散る。肌は熱を帯びて薄紅に色付き、名を示す花の香りが一層濃くなっていく。
桔梗の放つ甘い芳香に、玲司の頭がくらりと揺れる。冷静だと思っていたが、思っていたよりも桔梗の発情 に引きずられて、自分も発情 が進行していたようだ。
発情 に呑まれてはならない、と自身を戒める。
呑まれたら、同じ轍を踏む。あの己の快楽だけを満たす為だけの、熱く、冷たい交接が蘇る。これは番になる為の行為ではない。桔梗と芽生えたばかりの愛を育む為の交わりなのだ。
「あっ! れい……ん、ゃぁっ」
指先に伝わるツルリとした凝りをトントンと叩くと、桔梗が喉を反らして身悶える。途端にブワリと花の匂いが広がり、玲司の頭に霞がかかる。
「いけません、桔梗君。あなたの香り に充てられて酷くしそうです」
「はっ……です、よ、も……と、ひどく……ても」
「え……?」
「……も、玲司さん、が……ほし……い」
頬を上気させ、うっとりと微笑む桔梗の姿は扇情的であり、楚々としていて、自分の番になったというのに、玲司は見蕩れていた。
こんなにも心を揺さぶられる存在に出会った事がない。
目の前で母が死に、孤独に耐えながら死への階段を登っていた自分を保護してくれた寒川の母に抱きしめられた時も、養子といえどもアルファの男というだけで人は寄ってきたが、どれもが同じに見えて、ベッドを共にしても心が動く事がなかった。
(そう、きっとあの雨の日に、僕は桔梗さんに囚われてしまったのかもしれませんね)
お互い名前も知らなかった出会いで、玲司は腕の中でくったりと意識を無くした桔梗に恋をした。
だからこそ、発情 の本能に染められながらも、最後の砦だった避妊をしたのだ。
(ちゃんと、君と心が通じた時に、こうしたかったから)
劣情で涙をコロリと零す桔梗の額に唇を落とすと、玲司は纏っていた服を全て脱ぎ去った。
目の前でしなやかな筋肉に包まれた玲司の姿を見て、桔梗はコクリと唾を飲む。
広い肩も、長く逞しい腕も、綺麗に配置された胸も腹部も、まるで美しい彫刻像を見た時のように、桔梗を魅了した。
そして、天を向いてそそり立つ玲司の怒張。先端は桔梗の指を回しても足りない程太く、長大な幹は赤黒い根を纏わせ震えている。
こんなに凄いものが自分の中にかつて挿ってたのかと慄くと同時に、自分と玲司を繋ぐ楔だと思うと、愛しさが込み上げた。
「痛かったら、絶対に教えてくださいね」
そう玲司は何度も桔梗に言い、ナイトテーブルにいつの間にか出してあったローションを掴み、掌にトプリと落とす。彼はねっとりとした液を体温で温め、ヌメった手を凶器のような逸物に纏わせると、桔梗の赤く色づく蕾へと添わせる。
「挿れますよ、桔梗くん」
「んあっ」
熱の塊が蕾をゆっくりと押し広げる。くち、と水音が聞こえ、桔梗は玲司の負担にならないようにと、息を細く吐いた。
それでも絞られた皮膚が伸ばされ、異物が桔梗の中へと侵略するのを意識してしまう。桔梗からは見えないが、玲司の亀頭に吸い付くように桔梗の蕾が纏わりついている事だろう。恥ずかしさに顔が熱くなるものの、玲司の熱を受け入れる喜びに唇が綻んだ。
じりじりとした動きで亀頭が胎内に収まる。一番太い場所を受け入れたからか、入口の辺りの粘膜が引き伸ばされているのが良く分かる。
「大丈夫ですか?」
「は、い。へいきです」
「無理、しなくてもいいですからね」
くすり、と吐息を落とし、玲司は桔梗の頬をそっと撫でる。
「辛かったら教えてください」
「はい」
と、玲司は告げ、ゆっくりと腰を揺らめかす。あやすように揺さぶられ、最初は強い圧迫感も次第に愉悦が滲み出した。
「あ……、あぅ……ん、そ、そこ……っ」
桔梗の負担をかけないようにだろうか、玲司が腰をグラインドさせると、ある一点を掠める度に全身がビクビクと痙攣する。
きっと、玲司が言っていた「桔梗の快い所」なのだろう。
肉厚なカリ首がギリギリの所で届かなくて、自然と桔梗の腰も揺れ動く。
「淫らな桔梗君も可愛らしいですね」
「あっ、あぁ……っ」
囁くように揶揄されて、桔梗は恥ずかしさで泣きそうになる。
だが、玲司は「貴方に触発されて僕も苦しいですよ」と耳に吹き込まれたその声は、彼の言う通りどこか切羽詰まった辛そうな声音で、思わず桔梗は玲司へと手を伸ばしていた。
「動い、て、いぃんっ……です、か、ら。本能、じゃなく……玲司さ、んの……感情で、俺を欲して……くれるの、なら……あぁっ、き、て」
それは互いの枷が外れた瞬間だった。
今までの慎重な行動が嘘のように、玲司の抽送は激しく嵐のようだ。桔梗は荒々しい波に投げ出されないよう、玲司の首に腕を回し、胎内を絶え間なく擦る楔に啼き続ける。
攪拌され、抽送する甘い痺れに玲司の楔をギュッと襞が抱き着く。肌を叩く音も、ヌメった水音の弾ける音も、互いの唾液を捏ねる音も、吐息が混じる甘美な音色も、二人の官能を求め合い、激しく交わり合う。
荒れた波間で漂う小舟。それが今の桔梗の姿だった。
「桔梗君……桔梗っ」
「あ、あっ、れいっ、じさ……あぁんっ」
「愛してます、桔梗っ。僕を……受け入れて……!」
「れいじ、さんっ。おれ、もっ。俺もあいして……あ、あぁあ!」
快感の波に投げ出されると思った桔梗の項に、強い衝撃が襲う。番になって性感帯と化したソコを再び噛まれ、桔梗は悲鳴と共に陰茎から白濁を散らし、胎内の奥に玲司の熱い飛沫を感じていた。
アルファの吐精はとてつもなく長い。特に運命同士の交接は確実に妊娠できるよう、オメガの蕾の近くでアルファの楔には小さな瘤が出来、精を出しきるまでは栓となって抜けないようになっているのだ。
短くても三十分、長いと一時間以上オメガの胎 に白濁を注ぎ込まれる。
ドクドクと脈動しながら、桔梗の胎内が玲司の白濁に満たされていく。
荒い呼吸が静かな部屋に波紋のように広がる。後を追うように互いの香り が混じり合って空気に溶けた。
「……無理して、すみません」
汗に貼り付いた髪を避け、玲司が口付けと一緒に謝罪を額に落とす。桔梗はこんな時に弱々しくなる年上の極上の男に、愛おしさが込み上げてくる。
「今度はもう少し手加減してください」
そう言って玲司の首に縋り付いた。
伸びた毛先が項に当たって痛いけども、この痛みも愛おしい。痛いと思うのは意識があって、その上でちゃんと番を結んだ証なのだから。
「気をつけますね。それよりも、桔梗君。お腹は空いてませんか?」
苦笑する玲司の言葉に反応するように、桔梗のお腹がくうと鳴る。
「でしたら、先にお風呂で汗を流してからダイニングに来てください。まだ朝には少し早いですが、朝食にしましょう?」
「う……はい」
魅力的なお誘いに、桔梗は布団の中に逃げたかったものの、またもお腹が鳴ってしまった為、赤面で頷いた。この数ヶ月でしっかり胃袋を掴まれてしまったようだ。
「あぁ、きっと腰も辛いでしょうし、僕が介助してあげますね」
「え? わぁっ」
軽々と抱き上げられ、桔梗は慌ててバランスを取る為に玲司の首に腕を回す。お互い素肌を晒したままなのに、玲司は特に気にする事もなく二階にある浴室へと向かう。
「玲司さんって、何か運動されているんですか?」
「ええ。といっても、中学と高校で演劇をやっていて、今もそれなりに体力作りでストレッチをしている位ですけどね」
「演劇。古典とか?」
「古典もやりましたけど、劇団の発行しているシナリオを使ったりもしてましたよ」
清潔なアイボリーで纏められた浴室は、ポイントに濃紺が差し色で使われていて、とてもお洒落だ。置いてあるボディソープもシャンプーもコンディショナーも、近所のドラッグストアにあるような雰囲気ではなく、桔梗はこの家で生活するようになってから、肌も髪も随分改善されたものである。
桔梗は、男性二人が入ってもまだ余裕のある浴槽で、後ろから玲司に抱き込まれたまま浸かっていた。と、いうのも一人で入ると何度も抗議したのだが、腰がまるで使い物にならず、危険だという事でこのような状況になった。
しかも、髪も体もそれはもう丁寧という言葉以外何物でもない程、執拗に洗われ疲労困憊に拍車が掛かっている。主に精神面だが。
脱いだ時も均等の取れた筋肉をしているな、と思った桔梗は、緩んだ空気に乗じて口を滑らせた次第である。
「桔梗君は学生時代は何かしてたのかな?」
「あ……、まあ、一応、中学時代は陸上部に居たんですけど」
「ですけど、って事は、高校では何もしてなかったの?」
「ええ。中学卒業してすぐに、この間まで居たマンションで一人暮らししていたので、生活するのに一杯一杯で、正直部活に時間を割いてる余裕がなかったというか……。でも、一人暮らしのおかげで、そこそこ一人で対応できるようになりましたよ!」
暗い雰囲気になりそうなのを、一際明るい声で話し、払拭しようとしたが。
「……これからは僕も居ますから、一人で頑張らずに、僕を頼ってくださいね」
背後からぎゅっと抱き締められた桔梗は、面映ゆい気持ちになりながらも「はい」と応え、玲司の腕に自分の手を重ねた。
ゆったりとしたお風呂時間を過ごし、外はすっかり明るくなっていた。
先に浴室を出た玲司に「朝食の準備をしますので、ゆっくりしていてください」と言われ、桔梗は言葉に甘えて疲労を落とした後、髪を乾かし浴室を後にした。
廊下に出ると、ふわん、と美味しそうな匂いが桔梗の鼻先に届く。醤油の香ばしい香りに、味噌の芳醇な匂い。それから炊きたてのご飯の甘い香りが空腹の桔梗を誘う。
ふらふらと匂いに誘われるままダイニングへ向かうと、
「丁度良かった。今、呼びに行こうかなって思っていたんです」
味噌汁のお椀をテーブルに置いた玲司が、振り向きながら笑みを見せる。
それは総一朗や藤田に見せる無表情でもなく、『la maison』を経営している時に見せるアルカイックスマイルでもなく、とてもリラックスした穏やかな笑みだった。
「美味しそうです」
「時間がなかったので、比較的簡単な物ばかりになってしまいましたけどね」
簡単な物?
玲司はそう言うけども、桔梗の目には手間のかかったと分かる料理がテーブルに並ぶ。
お揚げと小松菜の炒め煮、インゲンと人参の胡麻和え、鮭の西京味噌漬けはおこげがあって香ばしい匂いを放ち、出汁をたっぷり含んだだし巻き卵には大根おろしが添えられている。お味噌汁はしめじと舞茸と厚揚げの具で、これだけでもご飯一杯は軽くいけそうだ。
見事なまでの和定食に桔梗が目を輝かせていると。
「冷める前に食べてしまいましょう?」
と、玲司が笑いを漏らすのを、桔梗は赤面しつつ席に座ったのだった。
「すみません。興奮しちゃいました」
「朔音君から、桔梗君が和食党と聞いてたので、喜んでいただけて光栄です」
「朔音が……」
離れて十年。彼が自分の好みを憶えてくれていた事に、胸が温かくなる。
多分、今度は長い時間を置くことなく兄に再会できるだろう。その時は、最大の感謝を言葉で告げようと、桔梗は箸を手に取ったのだった。
食後、冷たい水と一緒に、一錠の薬を玲司から手渡される。
「……? これは?」
「これは避妊薬です」
手の中にある白い粒に視線を落とし、桔梗の顔は青褪める。
愛していると言ってくれたのに、中に妊娠する程注いでくれたのに、玲司は自分との間の子供が要らないのだろうか。そう悲しみが体を満たし、涙がポロリと零れ落ちる。
「違いますよ、桔梗君。これは貴方を嫌だから渡した訳じゃありません」
「じゃあ……」
「まだ貴方の体が万全じゃない状態で妊娠させるのが怖いんです。貴方との子供は欲しいですが、貴方の命を秤に掛ける程急いではいません。それに……」
言いよどむ玲司に、「それに?」と首を傾げ問い質す。何故か少し頬を染めた玲司が口を開き、その内容に瞠目してしまった。
「僕としては、しばらく子供を作らずに、桔梗君と新婚時間を過ごしたいんです。色んな所に行って、色んな話をして、同じ時間を二人で共有したいのですが……」
年上なのに、彼の要望が可愛らしくて、桔梗は破顔する。今しがたまであった暗雲はすぐに快晴となり、椅子から立ち上がった桔梗は玲司の腰へと飛びついたのだった。
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