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11:暁闇*

 桔梗が、玲司に抱え込まれ連れて行かれたのは寝室だった。  ナチュラル系に纏められたファブリックの真ん中で鎮座するベッドにそっと下ろされ、桔梗の体は紺色のシーツの波に沈んでいく。  ギシリ、とベッドのスプリングが軋み、玲司が上から覆いかぶさるように覗き込んでくる。 「……怖い、ですか?」  真っ直ぐに見下ろされ、桔梗は玲司の視線を歪む事なく受けながらも、首を否定に振る。 「怖くないです。それに、玲司さんは気づいてましたよね。俺がヒートになってる事に」  一度目が覚めてから、ずっと桔梗はヒート状態だった。  精神的に不安定になり、番である玲司を求めて指が彷徨っていた。  だから、ふらつきながらも玲司を探して階下に降り、兄との再会を果たしたのだった。 「ええ。僕だけに桔梗さんの香り(フェロモン)を感じましたので。抑制剤は飲まれましたか?」  まだなら準備しますよ、と起き上がろうとする玲司の腕を、桔梗の細い指が引き止める。 「桔梗君?」 「お願いがあるんです。俺のわがまま訊いてくれますか?」  玲司は「ええ」と桔梗の真意を測りかねていると、桔梗は腕の中で身じろぎ、華奢な腕がそっと玲司の首へと回される。落ちることのない安定感が桔梗に安らぎを与えてくれる。 「え、と。桔梗君、どうした」 「俺をちゃんと番にしてくれませんか?」  桔梗は玲司の言葉を遮り、戸惑いを見せる番の耳へと囁いた。 「はっきりと記憶がある中で、玲司さんと番になりたいんです。既に番になってるのに、何だって話かもしれないですけど、あの日の事は俺憶えてなくて……。だから、儀礼的と言われても、もう一度最初からやり直したいんです」  駄目ですか? と首を傾げ問う桔梗の健気な姿に、玲司は強く抱き締め呟いた。 「ええ。もう一度初めからやり直しましょう」  快諾する甘やかな声に、桔梗はほっと緩んだ笑みを浮かべていた。  ナチュラルベージュの壁はオレンジの間接照明によって淡く部屋を照らし、昼間見る爽やかな空気を濃密な番の時間へと塗り替える。  毎日玲司と共にしている寝室が、今日に限って桔梗の緊張を高める場所となる。 「緊張しなくても大丈夫ですよ」  そっとベッドの端に下ろしながら告げる玲司の声に、桔梗は耳まで赤くして小さく頷く。  今頃になって、とんでもなく大それた願いを言ったのだと、恥ずかしくなってしまったのだ。それでも体は玲司を求めていて、後孔がじんわりと濡れるのを感じていた。 「桔梗君」 「あ……」  そっと顎を掬い取られた桔梗は、玲司の方へと流れるように顔を向けると、唇に温かく柔らかな感触に包まれる。  玲司からキスをされてると気付き、驚きで頭が白くなるものの、啄むようにしかけられる児戯のような軽い口付けに、桔梗は次第にうっとりと瞳を閉じた。  こんなに気持ちの良いキスは生まれて初めてだった。  薄い肌の接触と言えばそれまでだけど、そこに玲司の想いが乗せられ、じんわりと伝わる体温に陶然となる。  何度も近くでちゅっ、ちゅ、と唇音の濡れた音が耳に入る度、自分の項からふわりと花の香りが立ち上がるのを感じた。 「良い匂いですね。名前と同じ桔梗の花の香り」 「玲司さんは、ハーブの優しい香りですよね」  ほぼ隙間のない位置でする会話は気恥ずかしくも擽ったい。  まさかこんな風に穏やかな会話をこの人とする日が来るなんて……。  順番は間違ってしまったけど、桔梗は玲司を好きになって良かったと胸が熱くなった。 「玲司さんの匂い、俺、好きです」 「僕も桔梗君の優しい香りが好きですよ」  お互い溢れる程に「好き」を繰り返し、重ねるだけのキスが深くなると、桔梗の体はおもむろにベッドに横たわる。 「愛してます桔梗君。永遠にあなたを大切にします。ですから、ずっと僕の傍に居てくれませんか?」  降ってくる切なげな声に、ぎゅっと胸が痛くなる。悲しくもないのに涙が浮かんでくる。 「はい。ずっと玲司さんのお傍にいさせてください」  コロリ、と雫がひとつ、頬を転がる。  あぁ、これは歓喜の涙だ。 「愛してます、玲司さん」  泣きながら微笑む桔梗の眦に落ちた玲司の唇を目を閉じて受け入れた。  目元から頬へ。額から鼻先へ。そうして再び唇へ。  ゆるゆると閉じていた桔梗の唇を開くように、玲司の舌が緩やかに輪郭をなぞる。ぬめる感覚が桔梗の官能を呼び覚まし、結ばれた隙間がふわりと解かれる。 「ぅ、んっ」  薄く広がるあわいから、するりと温かくて心地よい何かが滑る込んでくる。気遣うように、擽るように歪みのない歯列を撫で、口蓋のザラつく部分を愛撫する。 「ふぁ、あ、んぅ」  こそばゆいような痺れに、桔梗は鼻から甘ったるい吐息が漏れてしまう。途端に桔梗の匂いが強くなり、玲司の脳を甘く酔わせた。 「……桔梗君、大丈夫ですか」  ぴちゃり、と絡まっていた舌が解け離れて行くと、互いを銀糸が細く繋がり、音もなく切れる。名残が顎まで伝うのを玲司の親指がそっと拭い、不安げに窺う姿に思わず笑みが零れてしまう。  自分よりもずっと大人なのに、子供のようにすぐ不安になる顔をする。  甘い綿菓子で桔梗を包み、深く深く愛情を注いでくれる悲しい人。  きっとこの人には自分の知らない秘密を沢山持っている。  それでも彼を信じ、愛に応えようと決めたのは自分だ。自分が、玲司を愛したいから。 「玲司さん。俺、これでも男ですよ? だから少し無理しても大丈夫です」  情欲に烟る相貌に掛かる長めの前髪は色気に溢れ、唾液に濡れた唇は再び吸い寄せられるように艶を帯びている。  桔梗はアルファらしい整えられたシャープな頬に手を添えて、うっとりと目を細めた。  大丈夫。あの時の事を思い出して不安だろう玲司に、眼差しで囁く。  少しだけ首をもたげて、同時に玲司の髪の中に指を潜らせては引き寄せ、今度は自分から唇を重ね合わせた。 「だから。ね、もっと愛してください。玲司さん」  数センチの距離で囁けば、煽らないでください、と呟く玲司から、貪るように濃厚なキスを仕掛けられたのだった。  静かな寝室にぴちゃぴちゃと舌の交わる卑猥な音色が散る。もっともっとと桔梗は玲司の首に腕を回し、玲司は応えるように口腔を執拗に舐め削る。  年齢的にもそれなりに経験があるのか、玲司の指は絶え間なくキスを続けながらも桔梗のパジャマのボタンを外し、前を寛げる。  途端に少し冷えた空気が肌の上を滑り、心許なくて不安が湧く。その心情を著すように、桔梗は玲司の袖を弱々しく掴んでいた。 「愛してますよ、桔梗君。だから……」  不安にならないで、と袖を掴む桔梗の微かに震える手の上から大きな掌がすっぽりと包み込む。玲司は掴んだ桔梗の手を唇にそっと寄せ、安心させるように唇を落とす。  じんわりとそこから甘い痺れが広がり、桔梗の頬はアルコールを摂取したかのように朱に染まる。またじわりと期待に後孔が愛蜜を溢れさせた。  コクリと頷く桔梗に淡い笑みを向け、玲司は桔梗の手を優しく握ったまま顎から首筋へとキスの雨を降らせる。僅かに見えた項にはかつての罪がくっきりと噛痕を残していて、宥めるように数度舌を刷くと、桔梗の口からあえかな甘い喘ぎが零れてくる。  番の噛み痕はオメガにとって性感帯となる。如実に実感した桔梗の体は、一気に加熱したように熱を帯びた。  ただただ擽ったさしか感じない肌を滑る指先の感覚ですらも、この状況では桔梗の快感を更増し、落ちそうになる快楽から逃げようと半身を捩る。しかし、玲司の体がしっかりと押さえつけられ、僅かな身動ぎ程度の動きしかできなかった。  その間も玲司の指は色づく桔梗の肌をなぞる。細い首筋から浮いた鎖骨を辿り、薄い胸の両側で焦れた愛撫に震える赤い尖がりへと。 「しっかり勃ってますね。感じてくれて安心しました」 「ん、ゃっ」  掠める程度の接触に、桔梗はひくりと肩を震わせる。もっと強い刺激を欲しい、と無意識に自ら胸を玲司の指へと押し付けた。 「かわいい……、もっと気持ち良くなってください」 「ふっ、あ、ぁんっ、ぃやぁ……っ」  肌に柔らかい熱を幾つも落とし、熟れた赤い実を摘んで捏ねる。その度に電流が走ったようにビクビクと全身を戦慄かせ、濡れた吐息が弾む。ただでさえ発情(ヒート)を起こして感度が鋭くなっているせいで、撫でる指のささやかなおうとつでさえも敏感に感じてしまうのに、ツンと硬くなっている粒へねっとりと濡れた感触に包まれ、思わず上ずった声が飛び出てしまう。  気持ちいい。それだけが桔梗の頭を占める。  玲司は桔梗の官能を引きずり出すように胸を執拗に責め、発散されない熱が腰に溜まって逃げ場がない。ペニスはズクズクと腫れて痛く、オメガに変わってから小さくなりつつある陰嚢(ふぐり)の内側は、出口を求めて暴れまわっているようだ。  そして、アルファを受け入れる後孔は、もうしとどに蜜に濡れて、ヒクヒクと疼き続けていた。 「あっ……ん、れい、じさん、くる、し……つらい、よぉ……っ」  桔梗の胸に顔を埋める玲司の髪を無意識に握り、切羽詰まった声で訴える。  (そこ)ばかりでなく、もっと直截的な場所を触って欲しい。桔梗は玲司の胸に腰を押し付け、主張する盛りを擦っていた。  しとどに溢れる蜜は茎を伝い、後ろの愛蜜と混じって、下着はもうベタベタに濡れている。  気持ち悪い。でも、擦りつけるざらついた感覚に滑りが加わり、えも言われぬ快感が腰から広がっていく。  記憶はなくとも、桔梗の体は玲司の太く、熱い楔を求めていた。  足りない。もっと自分の感じる場所を塞いで、沢山擦って欲しいのに、と溶けた頭は淫猥な願いに染まる。 「んっ、あ……も、う……あぁっ!」  パジャマのズボンの内側が弾けじわりと濡れる。ふわりと青臭い精の臭いがそこから仄かに沸き立つ。 「我慢できずに粗相しちゃったんですか?」 「っ、んぅ」  胸を舐めまわす動きが止まり、耳に寄せられた甘く低い声が流れ込んでくる。  玲司の声は甘い毒のように桔梗の脳を蕩かしていく。  思わず固く目を閉じてみたものの、それは敏感に玲司の声に集中する動作となった。 「桔梗君は、どうして欲しいですか? 望みの通りにしますよ」  ドクリ、と強く胸を叩いたのは、ヒートのせいなのか、言葉のせいなのか。 「あの日のように発情(ラット)に浮かされたままで、乱暴にしたくないんです。ちゃんと、桔梗君の気持ち良く蕩かせて、優しく抱かせてくれますか?」 「れい、じ……さ」 「でも、その前に気持ち悪いでしょう、下。脱がせてもいいですか?」  浮かんだ汗で張り付いた髪を玲司の長い指がよけてくれ、開けた視界の中、彼が優しく言うのを、小さく頷き返した。  元々淡白で、ヒートの時も数回自慰すれば収まる性欲も、何故か玲司を前にすると達しても足りなくて体の奥がじくじく疼く。  無限に欲しい。ずっと玲司の体温の中に居たい。彼の飛沫を体の奥で感じたい。  慣れた手つきで桔梗のズボンを脱がすのを眺め、淫らな想いばかりが募っていく。  玲司の指先が肌を掠める度にもどかしく腰が揺れ、熱い吐息が零れる。 「ああ……沢山出ましたね」  ズボンも下着も取り払われ剥き身になった下半身をうっとりと見つめ、玲司が熱の籠った声で呟く。萎えたそこをゆるりと掌で撫でられ、桔梗は「ひうっ」と喉を引きつらせた。  何故なら、撫でられただけではないからだ。おもむろに玲司の頭が項垂れ、力のない花芯へと舌を伸ばしたのだ。今まで感じた事のない感触は怖くもあり、変な感覚が全身を襲う。  玲司は飴を舐めるようにペロペロと赤い舌を見せては再び芯を持ち出した茎を撫でるように扱き、先端を震える鈴口を抉るように愛撫した。  濃密な玲司と桔梗のフェロモンが部屋の中に満たされる。  酩酊する頭でも、体は玲司がする事全てに感じ、喘ぐ。玲司も桔梗の痴態に執拗に肌や花芯、それから唇を吸い、掌は体温を移すように這い回る。  息も絶え絶えになる頃、桔梗の全身には赤い花弁が数多(あまた)に散り、呼吸で上下する度に湖面を揺蕩っていた。 (欲しい。玲司さんが……玲司さんを欲しい……)  情欲に滲んだ目で桔梗が玲司を見つめると、 「あなたの中に入る事を許してくれますか、桔梗君」  まるで桔梗の心を読んだかのように、玲司が吐息を含んだ声で、そう伺いを立てた。

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