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第1話
「うわ、懐かしい!」
実家から届いた荷物を漁っていた深水 友宇 は、思わず感嘆の声を漏らす。
大量の米や非常食に紛れて送られて来たのは、同棲中の恋人である木南 宏隆 の学ランだった。
友宇と宏隆は、お互いの家族公認のゲイカップルだ。実家が隣同士で兄弟のように育ち、初恋同士で恋人になった。母親同士も仲が良く、ときに過剰なほど応援してくれたりもする。
今回も女二人で勝手に盛り上がったのだろう、箱の底に、連名でお節介な手紙が入れられていた。
『昔を思い出すのもたまにはいいわよ。仲良く楽しんでね』
「楽しめって何をだよ……」
母親からの御膳立てなんて、素直に喜ぶ気になれない。それでも、久々に見る学ランにときめいてしまったのも事実だ。
ふわりと香る宏隆の家の匂いに、まだ何も知らなかったあの頃の記憶が蘇る。そっと顔を近付け、すうっと息を吸い込む。なぜか湧き上がる背徳感に、妙にドキドキしてしまった。
はっと人の気配を感じ、慌てて振り向く。そこには、友宇よりよほど興奮した様子の宏隆が立っていた。スーツの上着を片手に抱え、表情以外はいかにも仕事帰りのサラリーマンといった風貌だ。
「うわ、なんで黙って立ってるんだよ」
「だってそれ俺の学ランだろ?クンクンしながら一人でスるのがセオリーなんじゃないの?」
「セオリーって何?ヒロがいるのに何で一人でスるんだよ」
「!」
言ってから、随分と恥ずかしいことを口にしてしまったと焦る。拳を握り締め、嬉しそうに友宇の言葉を噛み締める宏隆を見て、さらに羞恥心が煽られた。
「お、おれは何も言ってない!」
下手すぎる誤魔化し方に、でれりと頬を緩めた宏隆が笑う。
「ユウは変わんないね。いつまでも可愛い。良かったらその学ラン着てみてよ、彼シャツって言うの?あれいいよな」
「嫌だよ。ヒロのその顔、エロいこと考えてるときの顔じゃん」
恥ずかしさを隠すためにじとりと宏隆を見据えると、「バレたか」とわざとらしくバツの悪そうな表情を作る。学ランを着ていた頃は、こんな余裕なんてなかったのにな、と時の流れを感じた。
「じゃあさ、自分のなら着てくれる?これ、実はさっきユウのお母さんから預かったんだ。荷物に入れ忘れたからって」
宏隆は、鞄と一緒に持っていた紙袋から、友宇の手の中にあるものより少しだけ小さい学ランを取り出した。
「それってもしかして……」
「うん、ユウの学ラン。体型も変わってないし、今でも似合うだろうな」
「無理!そんなの今着たらただのコスプレになるだろ!変態!」
「コスプレくらいで変態って。はあ、箱入りに育ってくれて嬉しいよ。大事にした甲斐があったなあ」
「むぅ」
しみじみ呟く宏隆に、頬を膨らませるだけの反抗を試みる。大事に守られていたのは確かで、友宇は宏隆しか知らず、反論もできない。それでもちっぽけなプライドからくる悔しさが、嬉しさと入り混じってじわじわと湧き上がる。
「じゃあさ、俺も着るから一緒に着よう。それならいい?」
「えっ」
正直宏隆の学ラン姿は見たいと思ってしまい、上擦った声が出る。友宇のことなどお見通しの宏隆は、笑いをこらえながら学ランを差し出して来た。恥ずかしさからくる複雑な感情は、さらに全身を侵食する。
学ランを受け取りながら、ふいに思い付いて手を伸ばす。宏隆の横腹をふに、と掴み、その柔らかさにぽかんとする。
「ふわっ、ユウ!急に触るなよ、くすぐったい」
「ちょっと気になってはいたけど……ヒロのお腹やばくない?」
「うっ……し、仕方ないだろ?付き合いで飲まなきゃいけない機会も多いわけだしさ」
気まずそうに目をそらしながら口ごもる宏隆が面白くなって、ふにふにと腹の肉を揉む。陸上部で鍛え上げ、掴める肉も無かった高校生の宏隆には、こんなに気軽に触れることはできなかった。
「これ大丈夫か?もう学ランなんて着れないんじゃ……」
「え!まさか、いやそんな……」
「よし!ヒロ、今日からダイエットしよう!おれも付き合う。どうせコスプレするなら完璧に着こなしたいもんな」
「いや、俺は普通に着てくれるだけでいいんだけど」
「やるぞ~!」
「お、おう」
戸惑う宏隆をよそに、友宇は謎の使命感に燃えながら気合いを入れる。恥じらいはどこかに吹き飛んで、学ラン姿の宏隆を見るのが、とても楽しみになってきていた。
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