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第2話

高校は、家から一番近いところにした。ごく普通の進学校で、スポーツ推薦でどこにでも行けそうな宏隆とは離れてしまうと思っていたから、一緒だと聞いて驚いた。といっても深く考えることはなく、単純に腐れ縁が続くことを喜んだ。 家が隣同士だったので、中学のときと同じように朝も帰りも一緒に登下校した。クラスが別れ、校内ではあまり話すこともなかったけれど、家に帰ればお互いの部屋を行き来したりと適度な友人関係を保っていた。 関係が変わり始めたのは、いつの頃だっただろう。 担任に押し付けられて断れず、友宇は図書委員として、放課後は図書室で過ごしていた。貸出はセルフで、通常は返却処理くらいしか仕事はなかったけれど、閉館作業まで任されていたせいで毎日遅くまで残らなければならなかった。 「あ、良かった、間に合った!ユウ、お疲れ。帰ろーぜ」 「お疲れ、ヒロ。すぐ終わるから、ちょっと待って」 閉館時間はちょうど陸上部の終わり時間とかぶっていたらしく、宏隆が友宇を迎えに来るのが日課になっていた。 「じゃあ外で待ってるな」 「おー」 いつもは置きっぱなしにされた本を戻したり窓の鍵を確認したりしていると、隣に立ってしゃべってくる。けれどたまにあるこうして外で待っている日は、帰り道もずっと、いつもより少しだけ距離があった。 しばらくしてあることに気付き、確信と共に尋ねる。 「なあ、ヒロ、今日部活の後シャワー浴びれなかったんだろ」 「ぅえ!?や、やっぱり汗臭かった?」 一歩宏隆に近付くと、すかさず一歩逃げられる。 清潔な石鹸の香りをさせているときは、作業の邪魔になるくらい寄ってくる。一度気付いてしまうと、宏隆の行動はとても分かり易かった。 「まあ臭くないこともないけど、それくらい気にする仲でもないじゃん」 昔から汗だくになりながら一緒に遊んできた仲なのに、何を今さら気にしているのか、不思議でならない。 「それってつまり臭いってこと?そう思われたくないから逃げてたんだよ!」 「別に何も思わないって。じゃあ毎日浴びてから来ればいいのに」 「ユウは俺が遅くなっても待っててくれる?」 「うん?ああ、うん、待つよ」 ほっとしたように笑う宏隆を見て、今まで約束も何もしていなかったと気付く。当たり前になりすぎていた共に過ごす時間は、宏隆が作り出してくれたものばかりだ。たまには自分も、朝早起きして宏隆を待ってみるくらいはした方がいいかもしれないと思った。 体育祭を境に、宏隆の周囲がにわかに騒がしくなった。 放課後の図書室にも、およそ本など読まないであろう女子たちが訪れるようになり、がらりと雰囲気が変わった。彼女たちの目的は、明らかに宏隆だ。ここでおしゃべりや化粧をしながら待っていれば、友宇を迎えに来る宏隆に毎日必ず会える。 室内がざわざわと騒がしくなるにつれ、友宇の心もざわざわと不穏な音を立てていった。 「お疲れ~ユウ、帰れる?」 ひょこっと宏隆が顔を出すと、分かり易くざわめきが広がる。心がもやもやする理由は、図書室の静寂を乱されたせいかもしれないと考えた友宇は、帰り道で静かに切り出した。 「あのさ、おれたち、無理に一緒に帰らなくてもいいんじゃないかな?」 「え!ユウは無理してたの?」 「そうじゃない、けど。ヒロは部活の仲間と一緒に帰らなくていいのか?他にも一緒に帰りたがってる人とかさ、いっぱいいるじゃん」 「ユウは一緒に帰りたがってるわけじゃないってことか」 「そんなこと……」 「分かった。ユウがそう言うなら、そうする」 怒ったように告げられ、何もしゃべらなくなってしまった宏隆を窺う。頑なに視線をそらす不機嫌な宏隆というのは珍しい。そこで初めて、今までどこにいても友宇を見つけて笑ってくれていたことに気付いた。 それ以来、宏隆が友宇を迎えに来ることは無くなり、すぐに元の静かな図書室に戻った。けれど友宇の内側に生まれたざわめきは、変わらず燻り続けている。 「なあ、おれって汗臭い?」 図書室に来ていた友人に、何気なく訊いてみる。 「別に?つーかそんなこと気にするとかアレか?色気付いちゃった?」 「なんだそれ、オッサンみたいなツッコミだな」 「うるせ」 ははっと笑いながら、宏隆のことを思い出す。 考えたこともなかったけれど、宏隆もいつか誰かに恋をする日がくるのだ。もしかしたらすでに相手はいるかもしれない。そわそわと自分の汗の匂いを気にする宏隆の隣が、友宇だけの場所じゃなくなる日がきっとくる。 正体不明のもやもやが膨らむ気配を感じ、慌てて思考を打ち切った。

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