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第6話
リズミカルに腹筋を繰り返す宏隆を眺めながら、幸せだなあと心から感じる。初めて好きになった人と結ばれて、ずっと一緒にいられるなんて夢物語みたいだ。
「どうした?ユウってば俺に見惚れちゃった?」
「そうだけど、そうじゃない!」
「ん?」
今の宏隆ももちろん好きだけど、初恋を教えてくれた初心な宏隆は特別だ。
「ヒロ、あのときみたいに一カ月くらい離れてみない?そうすれば気持ちも再現できるかもしれない」
「え!無理だよ。ユウ不足で死ぬ」
そう言った宏隆は、あのときのように必死な顔をして、変わらない気持ちをぶつけてくる。我ながらチョロいと思いながらも嬉しくて、何でもしてやりたくなってくる。宏隆が望むなら、たとえ恥ずかしくても、コスプレくらいどんとこいと言えるかもしれない。
「そろそろ着てみる?お腹もずいぶんスッキリしたみたいだし」
「まじで!俺だけじゃなくて、ユウも自分の学ラン着るんだからな?」
「いいよ」
「やった!じゃあ各自着替えてリビングな」
お互いに自分の学ランを持ち、いそいそと自室にこもって着替える。見たら笑ってしまうかな、とわくわくしながらリビングに向かうと、着崩した学ラン姿が様になっている宏隆に、思いの外きゅうっと胸が甘い苦しみを訴えた。
「わ!可愛い!やっぱりユウはあの頃のままだ」
興奮する宏隆にたじたじになりながら、心の中でヒロの方が可愛いだろ、と反論する。直視できないほど胸が高鳴り困っていると、宏隆は体を折り曲げ、強引に視界に入って来た。
「や、止めろよ。やっぱり恥ずかしい」
「え~見たいのに」
「昔はそんなんじゃなかったよな。汗の匂い一つで恥ずかしがってたくせに」
「まあね。でもさ、それだけ長く一緒にいたってことなんだからいいんじゃない?」
「あ……そうだな」
感動して、うっかり瞳を潤ませそうになっていると、そっと後頭部を撫でられる。笑い混じりの宏隆につられて笑い、記憶にあるより精悍さの増した顔を見つめる。
「あのときのユウには、毎日手を伸ばすだけで緊張してた。こんなに触りたい放題の幸せな毎日が送れるなんて夢にも思ってなかったな。いや、夢見てたけど」
「おれはヒロが言ってくれなかったら、ずっと気付かずにいたかもしれない」
「後悔してない?」
「するわけない。今あの頃に戻っても、同じ選択をすると思う。っていうかむしろ戻りたいかも。おれはあのときからずっとヒロを守りたいと思ってるのに、全然できてないから」
今でもたまに悔しく思うのは、ただ守られるだけの自分が不甲斐無いせいだ。けれど宏隆は一瞬きょとんとして、あっさり笑い飛ばした。
「そんなことないだろ。毎日ユウがご飯を作ってくれるおかげで俺の健康は守られてるし、今日までだって厳しいトレーニングで俺の体型も守ってくれた。何より家にユウがいるだけで俺の幸せが守られてるよ」
とろける笑みを浮かべる宏隆は、今だから見られる貴重なものだ。
「おれは甘やかされてるなあ」
しみじみ言うと、いたずらっぽく笑う宏隆が、子供のような口調で言う。付き合い始めてから気付いた、照れ隠しも入っているときのクセだ。
「じゃあさ、俺のことも甘やかしてみない?学ラン最後の日に言えなかったことを言わせて欲しい」
「なに?」
真剣に聞くために、居住まいを正して向き直る。宏隆は緊張した様子で姿勢を正し、すっと片手を差し出しながら直角に腰を折った。
「第二ボタンを下さい」
瞬間、卒業式の光景が、ぶわりと脳裏に広がる。それは友宇にとっても、言いたくても言えなかった言葉だ。部活仲間に囲まれる宏隆に近付けず、ひっそり諦めたあの日が懐かしい。ちらりと友宇を窺う宏隆に、あの頃の宏隆が重なる。
「ボタンだけでいいの?今なら学ランの中身ごと全部あげるのに。当然おれもヒロを全部もらうけど」
むくりと芽生えたのは、あの頃の宏隆をからかってみたいといういたずら心だ。これくらい素直に言えたら良かったのにな、という願望も含まれている。
勢いよく体を起こした宏隆は、いつかのように真っ赤な顔をして、力強く友宇を抱き寄せる。第二ボタンの向こうから伝わる鼓動は、あの日より少しだけ落ち着いていて、友宇を安心させてくれる。呼応するように、友宇の心臓も同じリズムを刻み始める。
「高校生のユウも好きだけど、今の大胆なユウも最高に好きだ。ずっと一緒にいような。お互いに恥じらいがなくなって、堂々とコスプレくらいできるようになっても、その先もずっと」
「うん、そうじゃないと困る。おれだって本当はヒロが不足したら死ぬ。こんな恥ずかしいコスプレ姿とか見せるのもヒロにだけだから」
「当たり前だろ!ユウの可愛いとこは全部俺だけのものだから!……ってことで、脱がせてもいい?」
熱くなった体を押し付けながら、宏隆が顔を寄せてくる。伸ばされた手に少しだけ緊張が見えたのは、やっぱりこの格好のせいだろうか。ダイエットを始めた日からおあずけ状態だったこともあり、友宇の体も緊張で固くなる。
『そんなこと言われたら、もう我慢できなくなるよ。俺は隣にいるだけじゃ満足できない。俺以外の誰にも触らせたくない。ずっと……こうしたかった』
脳裏を過ぎる高校生の宏隆の告白は、まさに今の友宇の気持ちそのものだ。口にしたらどんな反応を見せてくれるだろう、と想像し、こっそり笑いながら身を任せた。
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