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後編

「あ、もう……やめ、やめろよ!」  固く目を閉じていると、ナカで動いていた指がピタリと止まった。 「なんで、抵抗しないんですか?」 「は、ぁ?」 「ライズなら……いや、雨宮くんなら、僕なんか簡単に突飛ばせるでしょう?」 「え……っ?!」  ぷちゅん、と侵入していた指がナカから引き抜かれる。 「すみません、僕、ずっと雨宮くんのファンで、このライズ・ファイトのライズも、雨宮さんが下着メーカーさんのモデルをしている写真を見てキャラデザさせてもらったんです」 「ふぁ、ん? なんで?」  体に残る快感と、思ってもいなかった鬼村の言葉に呆然となる。 「以前、僕の漫画原作の映画に、出演されましたよね。『特攻パンチ』って覚えてませんか?」  思考が追い付かないでいると、鬼村にそう言われた。  確かに、その映画は覚えてる。メインキャストのほとんどが旬のイケメン俳優で固められていた作品だ。  それに、俳優としては今のところ一番役という役がついた作品でもある。とは言っても、主人公のライバルの友人、というメインキャストですらない、わき役だったのだけど。 「あの撮影現場で、雨宮くんは、天使でした」 「は?」 「僕がはじめて撮影現場を見学させてもらった時のことです。雨宮くんは、雨宮くんだけは、僕に話しかけてくれましたよね?」  やばい。何も覚えてない。 「え、いつですかね?」 「学校内の撮影の時。スタジオで、雨宮くんは僕にお茶をくれたんです」 「あ、ああ……!」  確かに覚えている。あの現場は、メインキャスト以外は自分のことは自分でやることになっていた。あの時も自分用のお茶を用意していたら、隅っこでぽつんとセットを見ているこいつがいて、誰からも気づかれてなかったから仕方なく俺がペットボトルのお茶を渡したんだ。あれってこいつだったんだ。 「着崩した学ラン姿が最高にキュートで。監督に名前を聞いて、そのあとはもう雨宮くんしか見ていなかったです」 「そ、そーっすか」  なんだ、意外と嬉しい。 「あ、のさ……あんた、じゃなくて鬼村さんって、ゲイなの?」 「まさか。雨宮くんだけですよ。好みのタイプはアイドルフォーエバーのひかりんです。」  ああ、あのアイドルの子か。俺と似ても似つかない。ゲイじゃなくて、本当に俺が、好きというのか? いや、だまされるな。こいつは目の前で着替えを要求するような変態だぞ。 「なんでペットボトルのお茶もらったくらいで、好きになるんだよ!」 「だめですか?」 「い、や……ダメじゃないけど」 「だったら問題ないですよね?」 「いやいや、問題あるって! 俺の気持ちは?」  そうだ、恋愛においてどちらか片方だけが相手を好きだなんて、問題ありありだ。 「雨宮くんとしては問題ないでしょう。僕と付き合ってくれたら、今度映画化する僕の作品の制作会社に、雨宮くんを主演として、お願いすることができます。キミにとってもメリットしかないかと……っ」  反射的に、俺は鬼村を殴っていた。 「ふざけんなよ。何様のつもりだこの野郎! 俺は、枕営業なんかしねぇんだよ! 何の為に、仕事を選ばずやってきたと思ってんだ。俺は自分の実力でのし上がるんだよ! 俺のコスプレは仕事なんだよ!」  腹が立つ。細い鬼村のからだに馬乗りになって襟元を掴む。 「雨宮くんあっ、もっと……そんなところも、大好きです」  鬼村の恍惚とした顔がこちらを見ている。全身に鳥肌が立った。 「お付き合いは、してくれなくてもいいです。でも、映画化の話がきているのは本当です。なので、そのときは、僕のために出演してくれませんか?」 「なん、で? なんでだよ」 「このライズ・ファイトのライズ役ができるのは、雨宮くんしかいないんです。今回のアニメ化のイベントも、雨宮くんがライズ役をすることを条件にOKしました。だってこのライズは、僕が、雨宮くんを見て、観察して描いたキャラクターなんですから。見た目の美しさの内に秘めた荒々しさ。その全てが、雨宮くんなんです。今回の映画化は、僕が脚本も書かせてもらいます。だから、この作品はキミのために描いた作品なんです。お願いします。出演して下さい」  ああ、そういうの知ってる。映画なんかで、その役を演じる俳優をあらかじめ決めておいてから脚本を書く。そう、当て書きだ。  勝手に一目惚れはよくされてきた。そして、思ってた感じと違うと言われて別れてしまう。  でも鬼村は、俺の内面を見た上で好きだと言ってくれている。これは、少し嬉しい。 「まて。アンタ、あのスタジオで俺を見て好きになったって言ったよな? そのあと俺とアンタは面識ないはずなんだけど」  初めての当て書きに少し感動していたが、ふと疑問が残る。鬼村はスタジオ以降どこで俺を見たっていうのか? 「雨宮さん、SNSしてますよね?」  あ、それで知ってるってことなのか? そう思って鬼村を見る。 「気をつけたほうがいいですよ。見る人が見たら家とか簡単に特定されますよ」 「とく、てい?」 「もう少し、芸能人としての自覚を持つべきかと……さすがに窓の鍵は閉めてください。いくらトイレで格子がついてるからって感心できませんね」 「え、待って。なんでそれ知ってんの? え、嘘だろ。まさか本当に俺の家……特定」 「ああ、あの窓格子は簡単に外せるタイプですからね」  鬼村の言っている言葉がうまく理解できない。 「だから容易く部屋に侵入を許して、カメラもつけられるんですよ」  体の脈という脈がドクドクと鳴っている。 「か、カメラって?」 「雨宮くんは、オナニーするとき後ろの穴も弄るんですよね」  めまいがした。そんなドプライベートなこと、親すら知らないことだ。 「あのローションだって、普段使ってるものと同じでしょう?」  鬼村はそう言うと、またズボンのスリットから手を侵入させてくる。 「う、わっ! やめろ! 触ん、な……あっ」  スリスリと、先端部分をローションをまとった手で弄られる。 「僕とお付き合いしてくれたなら、役者としての人生も、体も、僕が満たしてあげますよ? それでも、僕とお付き合いするのは難しいですか?」 「ひっ、うぅ!」  ローションが尻の穴にとろりと垂れてくる。ぷちゅ、ぷちゅと浅く、尻の穴に鬼村の指が出入りする。じれったい。そんなに細い指じゃ、物足りない。 「ところで、僕の名前ですが」 「な、んだよ」 「鬼村サトルは漫画を描く時のペンネームで、本名は大島悟です」 「おおしま、さとる……。もしかして『睦月の椿』の脚本を書いた、大島悟、さんですか?」  大島悟。有名な脚本家だ。脚本家デビュー作の『睦月の椿』はアカデミー賞で脚本賞を受賞。その人が書く脚本全てが賞を取るのに、本人は一切メディアに顔を出さない謎の脚本家だ。  俺が、俳優を目指したいと思ったのはその『睦月の椿』を見て、この映画に出演できないことを悔しいと思ったからだ。いつか必ず、この脚本家の書いた作品の主演を勤めたいと、願っていた。  そんな俺の憧れの脚本家が、この人だというのか。 「僕を利用するでもかまいません。ただ、何をしてでも、僕は雨宮くんと一緒にいたいんです」  憧れの人が俺の家に不法侵入するようなストーカーで、このまま付き合えばそんな憧れの脚本家の書いた作品の主演もできる? いや、その前に、鬼村、いや大島さんが俺のことが好き? 「じゃ、じゃあ、さっさと挿入れろよ、この変態!」  まだ頭が本当についていかないでいる。やけくそで俺は大島さんに怒鳴りつけるように言った。 「いいんですか?」 「そのかわり、全部、嘘だとか言ったらぶっ殺してやる! あ、ああっ!」  足を抱えられたと思ったら、スリットの間から硬い大島さんのチンコが入ってきた。 「雨宮くんっ! あっ、好き……好きです!」  圧迫感。そして、大島さんの先端が、俺のナカの気持ちいい部分にあたる。 「ああ、雨宮くんの中、気持ちいいよ」 「あっううっ、んあっ!」  細い大島さんの背中に腕を回して後ろに感じる快感を受け止めた。 「んっ、んんっ! お、しまさ……ヤバい、出る、から! う、うぅ~っ!」  普段なら勢いよく飛んだであろう俺の精液は、着たままの衣装が全て吸収していく。 「僕も、中に出すね……っ!」 「あっあっ! ひ、あぁぁあ!」  ごちゅ。そんな音が体に響いた。チカチカと目の前が白くなる。 「雨宮くん、可愛い。もう、僕……雨宮くんを放しませんから」  じんわりと体の奥が濡れていく感じがする。あ、今ナカに出されたんだと、その時感じた。  さっきまでの性急さとは打って変わって、ゆっくりとナカから引きずり出ていく大島さんのそれに、ゾクゾクする。  変色したサテンの布がベトベトと肌に貼りついている。 「あ、雨宮くん! そのままで……」  気持ち悪いので脱ごうとすると、大島さんがそれを制した。  俺の姿を数枚写真に収めた後、クロッキー帳を持ち出してきて俺をデッサンしはじめた。  時々ぐちゃぐちゃの衣装の裾の位置を変えながら、何枚も俺を描いている。  衣装が部分的に乾いてきた頃に、大島さんはやっと鉛筆を置いた。 「今日は、僕の記念日です」  記念日、とまでは言えないが、確かに俺も憧れていた脚本家と会えたことは、喜ばしいことだ。  だが、それとこれとは話が違う部分もある。 「あ、あの。大島さん、お願いなんですけど、もう俺の部屋に付けたっていうカメラ、外してくださいね」  ここだ。憧れの脚本家に好意を持たれている。それはとても嬉しい。だが、さすがにプライベートを観察されているのは、いやだ。 「それは断る」 「なんで?!」 「僕の趣味だから」  神様。俺の憧れの人は変態でした。 「雨宮くん。今度の『ライズ・ファイト』が終わったら、あなたのためにまた脚本を書かせてくださいね」  俺がため息をついていると、大島さんがそう言った。嬉しい。めちゃくちゃに嬉しい。 「待った」  嬉しいけど、それはダメだ。 「なんです?」 「『ライズ・ファイト』はありがたく、主演の話もらっとく。でも、ほかの作品については もう少し、俺の実力がついてからにしてほしい」 「なぜです?」 「俺が、嫌なんだよ。ちゃんとした仕事がしたい」  正直コスプレだからと今まで舐めて仕事をしていた気がする。もう少し、真剣に今与えられる仕事を頑張りたい。  そう伝えると、大島さんは今日一番の笑顔で頷いた。 「やはりあなたへの当て書きをするためにも、その日が来るまで部屋のカメラはそのままにさせてくださいね」 「おう……。ん? え、待って、なんでそうなるんだよ!」  結局大島さんに監視されながら生活することは確定らしい。  俺は絶対部屋のカメラの在りかを突き止めて壊してやると心に誓ったのだった。  ◆ 了 ◆

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