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第2話

 千寿が須崎に初めて会ったのは、千寿がまだ小さかった頃のことだ。 「お出かけするから、おめかししましょうね?」  と、母に言われた千寿は、当時気に入っていた英字の文字の入ったTシャツに丈の短いオーバーオールを穿いた。  向かった先は千寿の期待するお店とか遊園地とかではなかったが、西洋のお城を思わせる大きくて白い洋館に、目を大きく見開いてキョロキョロとあたりを見渡した。 「君が千寿くん?」  話しかけらて振り向いた先にいたのが、当時中学生だった須崎だ。  千寿はコクリと頷く。 「……面白いTシャツ着ているね?  楽しいことしか、したくない、か。  同感だね?」  美しい顔を綻ばせながら、須崎は千寿を抱きかかえた。  そうか、そういう意味だったのか……。  千寿は思わず自分の服に視線を落とした。  そんな千寿と須崎の様子を、両親は遠巻きに、見守っていた。 「お兄ちゃん、だーれ?」 「須崎慧だよ。  君の、婚約者だ」 「こんやく、しゃ?」  聞きなれない言葉に、千寿は首を傾げる。 「大きくなったら、分かるかな?」 「……うん」  千寿はガックリと肩を落とした。  また教えてもらえなかった。  このところ、千寿の両親は難しい話ばかりして、聞いても何も教えてくれなかった。  おめがとか、あるふぁとか、そういう話。  だけど、返ってくるのは「大人になれば、分かる」の言葉だけだ。  大人たちはそういうけれど。  千寿は今教えてほしかった。 「遊ぼうか?」  須崎に誘われ、二人で積み木遊びをした。  このお屋敷には自宅よりもたくさんのおもちゃが用意されていて、千寿は夢中になって遊んだ。  それに、須崎はとても優しくて……夕方になって帰るときにはすっかり懐いていた。  その日は不思議な一日だった。  ずっと須崎と遊んでいただけだ。  確かに、大きくなればその日が何のための一日だったのか、千寿にも理解できた。  お見合い、だったんだよな?  最新式のセキュリティーを備えたマンションのエントランスで、千寿は暗証番号を押した。  まず最初のゲートが開かれる。  そして不審者の侵入を防ぐため、そのドアをくぐるとさらにもう一度ドアがあって、ロック解除の暗証番号の入力が求められる。  エレベーターはすでに1階に降りて来ていた。  千寿は慣れた動きでエレベーターに乗り込むと閉めるのボタンを押した。  自動的に、須崎の住んでいる20階へとエレベーターは動き出した。  このエレベーターは、目的階にしか止まらない。  少々不便だが、それも仕方なかった。  人気作家「森崎圭」を守るためだから。  このマンションの前に住んでいた場所では、どこから嗅ぎつけられたのか、慧の居住を突き止めた女性ファンが部屋に侵入するという事件が起こった。  マンションに出入りしていた清掃業者を装って侵入したのだが、その事件の後、慧はセキュリティーの厳しいこのマンションに移り住んだ。  職場の高校からは少し離れてしまったけれど。  千寿が合鍵を使って部屋に入ると、須崎は今まさに執筆の最中らしく、パソコンに向かって恐ろしい速さで言葉を入力している。  その様子を横目で見ながら、作業の邪魔をしないように少し離れたテーブルに数学の問題集を広げた。  すぐに問題を解くことに集中する。  しばらくしてふと、顔を上げると、作業を終えた慧がマグカップを片手にこちらを見ていた。 「仕事は終わったのかよ?」 「ああ……ついさっき終わったとこだ」  須崎はふっ……と、小さく笑みをこぼした。  千寿はそんな須崎に、胸がぎゅっと締め付けられるような感覚を覚えた。

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