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第4話

「なぁなぁ、佐倉。  これって、須崎っぽくね?」  ある日のこと。  千寿はベータの同級生、田中馨に話しかけられた。  田中は千寿の毒舌にも物おじしない、千寿の友人だ。  その時田中が手にしてたのは、所謂週刊誌で……。  「人気作家、熱愛」そんなあおりの文句と、目元の隠された須崎と女性が、仲睦まじく夜の街を歩く写真が掲載されていた。    お相手は、28歳OL。  桜花女学院大学卒。  いわゆるお嬢様大学だ。 「……はっ」  良かったじゃないか。  そう思うのだが。 「なぁ、佐倉、どう思う?」 「……知るかよ!」  千寿はそのまま教室から飛び出した。  朝のホームルームをすっぽかして向かったのは、誰もいない屋上だ。  あんな奴、嫌いだ……。  それなのに。 「……もう、嫌になる……!」  涙が溢れて仕方なかった。  なんだって自分はオメガなんてメンドクサイものに生まれたんだろう。  そしたら、こんな気持ちも知らずに済んだのに。  週末、いつもなら須崎の自宅に出かける時間になっても、千寿は自室に閉じこもって、ぼんやりと時間を過ごしていた。 「千寿ちゃん?  いいの? 慧さんのお家に行かなくて」 「……大丈夫」  心配して様子を見に来た母親に、千寿は無理に笑顔を作った。  たぶん両親も、あの記事を見たに違いない。  それ以上千寿に強くは言わなかった。  千寿はベットに倒れこんで、ふて寝を決めこむ。  しかし昼過ぎ、ノックもなく部屋のドアが開けられ。  驚いて顔を上げると、入り口には珍しく眉を吊り上げた須崎が立っている。 「えっ! なっ!」 「何してるんだ。  お前は。  約束も守らないで!」 「は?  もういいだろ?  あんたにゃ熱愛の女性がいるんだから!」  ぽすっ、と、千寿はベット脇のクッションを須崎に投げつける。 「センジュ……妬いてるのか?」 「……んなわけ、ないだろ!!」  千寿は須崎から背を向けて体を丸めた。 「ほら……機嫌なおせよ」  ぎしりとベットが軋み、須崎がベッドサイドに腰かけたのが分かった。  そして。  須崎の指が、千寿の軟らかい髪を梳くように頭を撫でる。  千寿は須崎の言葉を無視するように、さらに体を丸めた。  と、須崎はため息をついて、ベットサイドから離れた。  やっぱりな?  千寿は唇を噛みしめる。  そしてドアを閉じる音と……ガチャリと、施錠される音が響いた。  え?  驚いて、千寿は振り向いた。  出ていったと思ったのに。  須崎は部屋に残っていて。 「なん、で……?」  千寿が問うと、須崎は唇の片方を上げて……、ニヤリと笑みを浮かべた。 「そりゃ……義父上と義母上に見られると、まずいから、な?」  千寿は思わず、ごくりと喉を鳴らした。  密室にいると、須崎の甘い匂いが千寿を攻め立てる。  見つめているのがつらくなるくらいに。  しかし今の須崎……慧からは、目が離せなかった。  いつもののほほんとした雰囲気が嘘のように、鋭く熱い瞳で見つめられ、千寿は金縛りにあったかのように身動きが出来なかったのだ。  気が付いた時には、慧は千寿の体を覆うように体を落としていて。  声を出そうにも、慧の唇が千寿のそれに重ねられ、口腔の中を舌で思うように愛撫されて。  突然受けた激しく濃厚なキスに、千寿は体の奥が熱を帯びるのを感じた。 「あ……や、だ……」  恥ずかしそうに身を捩ると、ようやく体を起こした慧は、ため息をついて悪態をつく。 「センジュ……くそっ。  煽るな!  こっちは必死に我慢してるってのに!」 「あお、る……?」  一体、何のこと?  千寿は瞳を潤ませながら、慧を覗き込む。  慧は千寿の鼻をつまんで。 「ふがっ……もぉ! 何?」 「……ほんと自覚ないから、お前は!」  慧は千寿のほっそりとした体を抱きかかえながら、小悪魔的な色気を放つ婚約者の唇にもう一度キスを落とすのだった。

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