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第5話
作家「森崎圭」はあらゆるジャンルの小説を書く、マルチな作家だ。
最新作は、緻密なトリックで刑事を翻弄する殺人犯が主人公のミステリー作品だった。
その前の本はスウェーデンで人気の推理小説の翻訳本、その前は心理学の読本、さらにその前は歴史小説だった。
そんな「森崎圭」が唯一書かないのが、恋愛小説だった。
もちろん、書かないのには理由がある。
―――――全部千寿の話になってしまうからな。
それも甘々の。
慧は甘い雰囲気を醸し出す千寿を見るのが好きだ。
それは、慧にしか見せない千寿の素顔だから。
生徒でいる時の千寿は、どちらかというと気が強くて、喧嘩っ早い。
なのに、慧の部屋で数学の問題集を一生懸命解いていた時も、慧の視線を感じた途端に、千寿の体から強く甘い匂いが発せられた。
話している時も、慧に甘えるように舌足らずな口調になってるのに、本人は全く気付いていないようなのだ。
そんな千寿のいじらしい姿が見たくて、慧はわざとそっけない態度を取ってしまう。
本当に、可愛すぎるのが悪い。
慧は準備しておいた週刊誌を取り出し、千寿の前で広げた。
「センジュ。
お前、本当に気付いてないのか?」
慧は例の週刊誌の写真を、トントンと、指で示す。
「え?
あっ……蒼さん?」
写真の中では慧は女性の少し前を歩いている。
しかし須崎のすぐ後ろに、フードを被った男性も同時に映っていたのだ。
そしてその顔は千寿も良く知る人物、慧の兄、蒼だった。
「知ってるだろ? 兄貴が俺の運転でしか外出できない事は。
ちなみに、この女性は兄貴の会社の社員だから」
―――――そうだったんだ。
言われてみれば、はっきり蒼だと分かるような写真なのに。
千寿の目には、慧しか映っていなかったいなかったから……。
改めて、慧は背後から千寿を抱きしめた。
「……け……い。
当たってる……」
―――――慧って、僕に欲情できるんだ。
避けられていたからてっきり、オメガの婚約者が嫌になったのかと思ったのに。
「……言ったろ?
こっちも、我慢するのが大変なんだ。
……お前、中学2年の時、初潮が来ただろ?
あれから、お前の匂い、ヤバイ。
……めちゃくちゃにしたくなる」
ぺろりと、慧は千寿のうなじを舐めた。
「早く番になりたいな……」
慧が囁くと、千寿から放たれる甘美な匂いが一層きつくなった。
「……いい、よ? 番に……なっても」
耳まで赤くなって小さく震えているのに、千寿は健気にきゅっと慧のシャツを握り締めた。
「煽るなって!
せめて合法的に許されるまで、待て!」
「えぇ? いつなの?」
「さすがに、お前と番になるまでは、教師でいたいからな。
だから結婚できる16になるまで待つんだ」
「……どういうこと?」
「だから……。
番ってないオメガは危険だろ?
お前と結婚するまでは近くで守ってやりたかったから、中学と高校の教員免許とって親父の力使って、無理矢理非常勤講師してるんだけど?」
「そんなこと聞いたこと、ないからっ」
千寿は泣きそうになるのを必死に我慢した。
「センジュだって。
いずれは親父の会社の半分は継がないといけない俺のために、必死で勉強しているだろ?
俺の仕事を手伝ってくれるんだろう?
俺が作家でいられるように」
我慢していた涙がこぼれ落ちた。
―――――慧、知ってたんだ。
でも、誕生日までまだまだ3か月もある。
早く冬になればいいのに。
そうしたらずっと、二人で居られるから。
「すごい体も見られるね?」
「……ああ。
ぐずぐずに、蕩けさせてやるから、な?」
「慧のばかぁ」
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