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新しい職場
翌日、土曜日。
昨日たった二時間足らず雀夜と過ごしただけで、体に思い切り負担がきている。あれからフロアに戻って店長に店を辞める件で話し合いをして、結局昨日は興奮もあってよく眠れなかった。
店長は雀夜のことをサイトで見て、だいぶ前から知っていたらしい。だから昨日俺と雀夜が同室したのを知って、薄々その理由も勘付いていたのだという。客のフリをして来店し、ボーイを他の売り専へスカウトする、いわゆる引き抜き行為は固く禁じられているが、雀夜達の仕事は売り専じゃない訳だから、ギリギリ咎められることはなかった。それでも俺が辞めるのには賛成はしていなかったけれど。
「まだそっちの仕事のこともよく分かってないんだろ。もし自分に合わなかった時のために、籍だけでも残しておいたらどうだ。いつでも戻って来てくれて構わない」
そんなことを言っていた。俺のためというより、店のためなんだろう。
口元まで覆ったマフラーであくびを隠しながら、ブルーのダウンジャケットのポケットに手を入れる。
昨日雀夜が言っていた通り、俺は今日、早朝から一日貸切で雀夜に指名された。とは言っても雀夜が一緒に過ごしてくれる訳ではなくて、金だけもらって完全な休日ということだ。土日休みなんて、いつぶりだろう。
なんとなく家で寝ているのが勿体なくて、俺は朝からクリスマス一色に染まった街をぶらぶらと歩いていた。家族連れや友達同士、恋人達が楽しそうに笑っている。俺は道の隅っこを歩きながら、寒さに目を細めて雀夜を想った。
クリスマスに、もしも二人の都合が良かったら……一緒に街を歩くことも可能だろうか。見る人が見たら分かるような、本物の恋人みたいに歩けるだろうか。もしそうなったら、嬉しい。嬉しいけれど……
「うー」思わず声に出して唸った。
雀夜がそんなことを喜んでしてくれる訳がない。イベントを重視しているような奴には思えないし、恋人と仲睦まじく街を歩く姿なんて想像もできない。やっぱり駄目か……。
俺はヘコんでしまった気持ちを慰めるために、ふと目に飛び込んできた服屋に入って新作のブーツとニット帽を衝動買いした。その場で帽子を目深にかぶり、冷たくなった耳を温める。
店の鏡に自分の姿を映してみた。
「超可愛いっすよ、その帽子似合ってます。実はおととい入荷したばかりで、今度雑誌にも載る予定なんですよ」
くだけた口調の店員が俺の横に立ち、鏡の中の俺に向かってニッコリと笑った。
「お兄さん、背高いね。身長いくつ?」
「自分、183っす」
雀夜の背丈に4センチ足りないけど、まぁ並んで立ったらこんなモンなんだろう。まるで歳の離れた兄弟みたいだ。俺じゃあ全然、絵にならない。
「ありがとうございましたー」
ニット帽一つで六千円か。ブーツも合わせて数分で三万も使ってしまった。駄目だな、生活基準を見直さないと。
それからファーストフード店で買ったハンバーガーを食いながら、しばらく街を彷徨った。喫煙所で一服して、子ども達に紛れて大道芸に見入って、また一服して、なんだか疲れてきて、駅前のネットカフェに向かう。
少し昼寝して、夕方からまたぶらつこう。電車に乗って違う街に行ってもいい。
そんなことを考えつつ駅に向かうと、ふと、とあるビルが視界に入ってきた。いつも目にしているけど、全く気にも留めていなかったビルだ。
「東京ブレイン・コミュニケーションズ」。聞いたことのあるような、ないような名前。
「……あっ!」
俺は財布から一枚の名刺を取り出した。昨日、雀夜と一緒に店にきていた義次さんにもらった名刺。これに書いてある会社名と同じだ。東京ブレイン・コミュニケーションズ。
「こんなところにビルがあったのか……」
もしかしたら、中に雀夜が。
「……おっし!」
俺は素早く辺りを見回して、通りの反対側に走った。
今日も相変わらず寒そうな衣装の、サンタの女の子が呼び込みをしている。
「すいません、ちっちゃめのケーキの詰め合わせとかってありますか?」
せっかくだから、サンタの子に声をかけた。
「はい、ございますよ。パーティー用、プレゼント用に最適なセットが五個入り、十個入り、二十個入りなどからお選び頂けます」
マニュアル通りの答えが返ってきて、俺は満面の笑みで指を三本立てた。
「二十個入りを三セット、ください」
「か、かしこまりました!」
サンタの子は慌てた様子で店内に駆けてゆき、俺も後に続いた。
「ケーキの種類もこちらからお選び頂けますが……」
「適当に見た目が良くなるように入れてもらえればいいです」
店内にいたスタッフも皆サンタの格好をしている。三人がかりで準備してもらい、俺はケーキの詰まった平べったい箱を三つ、両手で抱えて店を出た。
「あ、ありがとうございました! お気を付けて」
チビの俺が三箱も持つのが危なっかしく見えたのか、女の子がそわそわしながら外まで見送ってくれた。
ちょっと買い過ぎたかな。でも、会社に何人のスタッフがいるのか分からないから、少ないよりは多い方がいいだろう。こういう気配りができるようになったのは売り専の仕事のお陰だ。第一印象を良く見せれば、きっと好きになってもらえる。何よりも雀夜に会えるかもしれないと思うと、わくわくした。
例のビルの正面玄関から中へ入り、エレベーターの横の案内図に目を向ける。俺は来客、なのかな? どこに行けばいいんだろう。
取り敢えず適当に降りて、誰か人がいたら訊けばいい。肘でボタンを押して、エレベーターに乗り込んだ。とにかく、雀夜に会いたい。
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