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新しい職場・2

 二階。開いた扉のすぐ近くの壁に、「事務所、こっち」と矢印付きの手書きの張り紙がしてあった。事務所なら行っても大丈夫だろう。迷うことなく矢印に従い、程なくして見えてきた事務所のドアの前に立つ。つま先で立って腕で呼び鈴を押すと、中から「はぁい」と気だるそうな応対の声がした。俺はケーキの箱を横にずらして顔が見えるようにし、営業スマイルを作って人が出てくるのを待った。  ドアが開き、顔を覗かせた男が俺を見て首を傾げる。 「どちら様?」 「ええと、雀夜……さん、いますか?」 「ん? 雀夜のファンの子かな。駄目だよ、こんな所まで来たら」 「ファン違う。えっと、その……何て言ったらいいのか。雀夜に誘われて、俺もここで働くことになって……そうだ、義次さんの名刺。ああ、手が塞がってるから財布が取れない」  しどろもどろになる俺に、目の前の男は益々不信感をあらわにして言った。 「とにかく、雀夜には会わせられないよ。帰った帰った」  片手で追い払う仕草をされ、俺もカチンときてしまった。 「……ていうか俺、BMCの桃陽ですけど。お宅の雀夜に早朝から指名されたんですけど」 「え? BMCって、あの売り専か? 何言ってんだ、雀夜が男なんて買う訳ないだろ」 「店に確認してくれたって構わないです。昨日も義次さんと来店してもらって……。とにかく、二人のどちらかに訊けば分かるはずなんで中に入れてもらえないですか」 「仕方ねえなぁ……」  渋々、男がドアを開いて俺の入室を許してくれた。  事務所の中には何人ものスタッフがいて、パソコンをいじったり、ソファに座って書類を見て話合ったり、電話応対をしたり、若い男の子と何か相談をしたりと皆忙しそうにしている。誰も俺の存在なんて気付いていないようだ。 「おーい、義次。お前、この子知ってるのか?」  さっきの男が部屋の奥の方に声をかけると、デスクに座ってパソコンをいじっていた義次さんが首を伸ばして俺を見た。その瞬間、パッと笑顔になる。 「桃陽! どうした、来てくれたのか!」 「ほら見ろ」  俺は目を細めて、気まずそうに笑っている隣の男を睨んだ。  義次さんが俺達の方に近付いてくる。 「いやぁ、やっぱり雀夜に説得を頼んで良かったわ。本当にありがとう!」 「これ、ケーキ。皆さんで食べて下さい」 「え? こんなにたくさん、悪いね! いやぁ、さすが気が利く良い子だなぁ」  正直腕がだるくて一刻も早く渡したかっただけだ。 「で、雀夜はどこ?」 「ああ、今ちょうど隣の部屋で撮影してるよ。見学する?」 「いいのっ? やった!」  弾む足取りで義次さんについて行き、この部屋と隣の部屋を繋いでいるスチール製のドアからそっと中へ入った。  ――いた。雀夜。

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