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大凶・3

「それにしても玲司、あんな仕事しか見つかんなかったのか? お前、頭良かっただろ。大学行ってないのか」 「あは……。あんな仕事なんて言い方しないでよ。俺にとっては一大決心だったんだから」  だけど、それももう終わってしまった。売り専にも戻れない。俺にはどこにも居場所がない。  だったら、もうどうなってもいいじゃないか。 「お、お父さんは何の仕事してるの?」 「まぁ、色々とな」 「ちゃんとご飯食べてる?」 「金融屋の毎月の利息返済だけで給料殆ど消えちまうからな。玲司が金貸してくれるなら、今日は飯が食えるなぁ」 「………」  金を渡したところで、どうせ酒代に注ぎ込むくせに。 「……お父さん」  俺は歩くスピードをゆっくり落としながら、その背中に呟いた。 「お金、必要ならあげるよ。いくら?」 「あ?」  眉を顰めてはいても、振り向いたその目は期待に光っている。 「いくらでも、僕が払える額ならすぐに用意する。だ……だからさ、こんなことするの、やめようよ……」 「玲司、何を言ってんだお前」 「だって……顔色も良くないし、ご飯もあんまり……」 「お前の体は金で買えないだろう?」 「っ……!」  もう駄目だ。何を言っても無駄だ。俺の中で僅かに残っていた「父親を想う気持ち」も、この男には伝わらない。  やりきれなくて、涙が溢れそうになった。 「そんな顔すんなよ、玲司。すぐ良くしてやるからよ」  しっかりと腕を掴まれ、引きずられるようにして歩く。向かっているのは十数メートル先にあるホテルだ。今までも俺はこんなふうに、引きずられ、流されてきた。この男に。同級生に。先輩に。  結局のところ、俺は過去の檻から抜け出せていなかった。いくら名前を変えて環境を変えても、与えられた玲司の運命には抗えない。サイの目がピンならそれは変わらないし、引いたのが大凶ならそれも変えようがない。決まっているなら、受け入れるしかない。  自分にそう言い聞かせてホテルに入ろうとしたその時、頭の中に雀夜の声が響いた。  ――全部自分が望んで決めて行動した結果だろうが。 「………」  望んでない、こんなこと。  昔から俺は、一度だって望んでない――。 「……だ」 「どうした、玲司」  俺は首を振り、その場で足を踏ん張った。 「……嫌だ! 俺、行かない! もう嫌だ!」 「あ……?」  奥田の顔が鬼の形相に変わる。五年前の、あの恐ろしくて醜い顔に……。  怖くて仕方ない。膝が震え、涙が滝のように頬を伝っている。それでも俺は怯まなかった。 「絶対に嫌だ! 妹達にも母さんにも、俺にももう関わるな!」 「突然どうした。中で話せばいいだろ、な」 「触んじゃねえっ!」 「このガキっ……!」  奥田が拳を振り上げた、その瞬間――。 「えっ……」  何の前触れもなく背後から急に肩を掴まれ、俺は危うく後ろへ倒れそうになってしまった。 「な、何っ?」  ふわ、と体が軽くなる。地面から足が浮き、目線が一気に高くなった。 「だ、誰だお前っ? 玲司、てめぇ俺を騙したのかっ……!」  つい数秒前まで俺の腕を掴んで鬼のような顔をしていた奥田が、恐怖に青ざめた顔で俺を見上げている。 「悪いな、オッサン。どこの誰だか知らねえが……俺の方が先約なんだわ」  ぶっきらぼうな喋り方。俺の体を奥底から震わせる、不機嫌な低い声。 「さ、……」  雀夜――。 「どっ、どうして? 雀夜、どうしてここにっ!」  雀夜だった。軽々と俺を抱き上げているのは、確かに雀夜だった。愛しくて怖くて堪らない、今の俺が一番会いたくなくて、それでいて一番会いたかった男――。 「雀夜ぁっ!」 「どういうことだ、玲司! 最初から俺をハメるつもりだったのか。クソ、素直に来たからおかしいと思ったんだ、ふざけやがって……!」  憤る奥田を、雀夜は冷静に見据えている。 「桃陽の本名を知ってるってことは……オッサン、あんた桃陽の身内か? こんな場所で、こいつをどうするつもりだった?」 「さ、雀夜っ! 下ろして。もういいから、下ろして!」  暴れる俺を解放した雀夜が、自分の背中に俺を隠すようにして奥田の前に立った。 「ウチの大事な新人に何するつもりだったんか、って訊いてんだけど」 「う、うるせぇ! 急に現れて何様だてめぇはっ。玲司は俺の義理の息子だ、口出すんじゃねえ!」 「へぇ……」  息子。それを聞いた雀夜の声が一層不機嫌に、一層低くなった。 「そんじゃ、てめぇがガキの頃の桃陽に好き勝手してたってことか」 「雀夜っ……」  俺は雀夜のシャツを力一杯握りしめ、固く目を閉じて身を強張らせた。 「好き勝手? 玲司がそう言ったのか? ――おい玲司、違うよなぁ? お前、俺に乗られて悦んでたもんな?」 「っ……」 「そうだろ? 泣きながらイイ声出してたじゃねえか。ガキの頃から淫乱なんだよ。なんたって、二度も再婚した母ちゃんの息子だもんな?」 「あ……、う……」  言わないで。雀夜の前で、言わないで……。

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