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大凶・5

 次に目が覚めた時、見慣れない部屋にいた。薄ぼんやりとしたオレンジの照明。高い天井。俺が寝ているのは、柔らかなベッドだ。 「……あ……」  顔がひんやりして気持ちいい。濡れたタオルが額にあてられてるんだ。やっぱり俺、熱があったのか。 「……気が付いたか」 「雀夜……」  枕元に雀夜の顔があった。片肘をついて、俺の憔悴しきった顔を覗き込んでいる。  そうか。ここは雀夜の部屋なんだ。  気付けば俺は自分の服を脱がされていて、下着以外は雀夜の物らしい大きめのシャツを着ているだけの状態だった。 「ずっと看ててくれたの……。お、お父さんは?」 「帰ったんだろ、たぶん」 「雀夜、あの時お父さんに何て言ったの……?」  大したことじゃねえ、と呟いてから雀夜が棒読みで言った。 「俺は桃陽のケツモチだから、コイツに手ぇ出したらタダじゃおかねえぞ」 「怖……。確かに雀夜、見た目がそっち系だもんな……」  少しだけ笑い、だけどすぐに目を伏せた。 「ごめん、俺いっぱい迷惑かけて……」 「謝るな」  静かに俺を叱る雀夜。見えない優しさに溢れた低い声。俺は雀夜の目を弱々しく、だけど逸らさずにじっと見つめた。 「どうして、居場所が分かったの……?」  俺の額からタオルをどけて、雀夜が直接手のひらで熱を測る。 「昨日お前、てっきり俺の後付いてきてると思ったらいなくなってただろ。今日も出勤して来ねぇし……事務所の連中も心配してたからよ、お前の部屋行って様子を見ようと思ったんだ。そしたらお前が暗い顔でどっか出掛けようとしてたから、尾行したって訳。あのオヤジとの会話も、始めから全部聞いてた」 「そうなんだ。ずっと俺のこと、見ててくれたのか……」 「一応和姦かもしんねえからしばらく黙ってたんだ。お前が『嫌だ』って言わねえ限り、助けないつもりでいた」 「………」  嫌だって言えたのは、雀夜の言葉が頭を過ぎったからだ。 「……助けてくれて、ありが……」 「このクソ寒い中、冗談じゃねえよ」  しかめっ面の雀夜。俺は自分の顔を手で覆い、涙を零しながら呻くように呟いた。 「ごめん、雀夜……。ごめんなさい……俺……」 「謝るなら今後の態度で示せ。口だけで言ったって俺は信用しねえよ」 「……俺、昨日雀夜にひどいこと言った……。雀夜は俺に何も与えてくれないなんて……全然そんなことなかったのに……」 「さぁ、どうだろうな」  そう言って目を逸らした雀夜は、少しだけ照れているようにも見えた。 「さっき俺を助けてくれたことだけじゃない。俺が全く気にしてなかった最低限のマナーとか教えてくれたり、自信つけてくれたり……やる気出させてくれたり、……」 「………」 「……本気で人を好きになるっていうのが、どんなに幸せな気持ちか教えてくれた……。生まれて初めて、好きな人のために頑張ろうって気にさせてくれた……」  堪えようとしても涙声になってしまう俺の頬を、雀夜が指でなぞる。男らしいのに、しなやかで綺麗な指。力強いのに優しく、冷えているのに温かな指。  その指に触れられているだけで、薄汚れていた俺の心が浄化されてゆく。 「俺……自分でも意味が分からないくらいに雀夜のことが好きでしょうがない……。どんなに拒絶されても、嫌われても好きで、好きで……どうしても諦められそうにない……」  心からの想いを初めて言葉にして伝えた、ただそれだけのことで胸が締め付けられるような息苦しさが込み上げてきた。ぼろぼろと涙が零れる。上手く息ができなくて、俺は喘ぐように言葉を切りながら続けた。 「……ごめん、ね……俺みたいな奴が、雀夜のこと、好きになって……。俺なんてアホだし、男らしくなくて気色悪いし、ワガママだし……調子こきで、空気読めなくて……。雀夜には絶対似合わないって、分かってるのに……好きな気持ちが、止まらない……」 「言うな」  雀夜が俺の涙を、親指で拭う。 「うっ、く……。ごめん、もう好きなんて言わない……困らせないから……」  だからどうか、これ以上は嫌いにならないでほしい。

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