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9-約束(12)SIDE:神崎
「ふふふふ」
駅からマンションまでの道を槙野さんと寄り添って歩きながら、俺は笑いを止められなかった。
「嬉しそうだな」
時折槙野さんと手が軽く触れる。そのまま握りたくなるけど頑張って我慢してる。
あんまり外でいちゃつくと槙野さんに怒られちゃうからね。
「だって、あんなにたくさんの人が俺たちのこと祝ってくれるなんて、思いもしなくて」
「そうだな」
槙野さんの手が、俺の手を軽く撫でた。あったかい。
「異動の話、急だったしほんとは気が重かったんだけど、受けてよかった」
「嫌だったのか?」
槙野さんが横目に俺を見る。
「だって、三年目でいきなり別部署でリーダーやれって。無茶でしょ?」
「ああ、そうか。そうだな」
マンションについて、エントランスを抜け、エレベーターを待つ。
「でも、行ってみたらめちゃくちゃかっこいい人が上司で、一目惚れしちゃって、俺、絶対ここで頑張るって思った」
「うん。神崎は十分頑張ってたな」
えへ。褒められちゃった。
エレベーターに乗り込む。
「ねえ、今まで頑張ったご褒美ちょうだい?」
扉が閉まって、筐が上昇し始める。
誰もいないし、ここならいいよね?
槙野さんに後ろから抱きついた。
「神崎?」
抱きついた腕をとんとんと指先で叩かれる。これは警告だ。
「んー」
でもごめんなさい。キスしたいんです。今すぐ。それもがっつり。
指先で槙野さんの顎を支えてちょっと振り向いてもらう。
形のいい薄い唇。
「おい?」
だめです。無理です。止められません。
槙野さんの目が細められて、茶色い瞳が半分隠れたのが視界の端に入った。
気にすんな零。GO!GO!GO!GO!
身を乗り出して、肩越しに唇を喰らう。
舌を出して、唇をなぞって、隙間から入り込む。
唾液が甘く舌に纏わりついて――。
「いでっ!」
頭蓋へ響くほどの衝撃が額に走った。
思わず俺は額を押さえて一歩下がる。でこぴんされたー。
「舌を噛まないように気を遣ってやっただけありがたいと思え、馬鹿犬」
エレベーターが止まって、ドアが開く。
あれー。なんかこの展開知ってる。
「いい加減学習しろ。三度めはないからな」
「うぅ……」
そういえば、エレベーターでキスはアウトなんだったっけ。
これ、あれだよね。家についたら正座で怒られるやつ。
この間から薄々思ってたけど。
俺って。
俺ってやっぱり、まだペットなの?
そうなの?ねえ!槙野さん!いや、ご主人様!
槙野さんに腕を捕んで引きずられて俺たちの家に帰る。
俺の叫びはドアの中に消えた。
相変わらずちょっと曲がった表札に書かれた名は、「槙野透・神崎零」。
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