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第1話
爽やかな秋晴れの朝。
先日までの蒸し暑い朝が嘘のように、今朝は涼やかだ。
そんな中を欠伸しながら松浦はバス停へと急いだ。
週半ばの水曜日。
週末まで折り返しの日だ。
家から数分のバス停に到着し胸ポケットから手帳を取り出す。
今日の仕事の段取りを確認しつつ、バスを待った。
(そういえば昨日の運転手は最悪だったなあ…)
ふと、昨日の朝に乗ったバスのことを思い出す。
急発進と急停車を繰り返す運転に、松浦はイライラしながら乗っていた。
カーブは大きく膨らみ過ぎて乗客も身体を持っていかれそうになっていたり。
朝からイラつく運転だったから、昨日は仕事がうまくいかなかった。
計算をミスして経理に怒られるし、約束を取っていた取引先にはドタキャンされるし…
(今日もあの運転手だったら、バス会社へ通報してやる…!)
ここまで松浦がバスの運転にイライラするのには理由があった。
小さな頃からバスが好きだった松浦は、運転手になるのが夢だったのだ。
しかしひょんな事から、運転手になるのは諦めて今の会社に入ったのはもう5年前。
今更転職する気もないし、今の仕事は天職だとさえ思っている。
だが、ついついバスの運転は見てしまう。
そのため荒い運転をする運転手に出会うとムカつくのだ。
そんなことを考えているうちにバスがやって来た。
バスは滑らかに停まり、ドアが開く。
朝早い便のため、いつも座席が空いているので選びたい放題だ。
松浦は一目散に定位置である前方2番目の座席に座った。
この席からだと運転手が右手に見え、ハンドルさばきやシフトレバーのタイミングなど
運転動作が丸見えなのだ。
運転動作を見るなら運転手の真後ろが見えそうなのだが、背もたれなどで見えにくい。
職場までの30分、この運転チェックが松浦の毎日の日課だ。
『発車します』
インカムをつけた運転手がアナウンスし、バスが進み始めた。
声の様子から、若そうな運転手だ。
昨日の運転手は年配の声だったから、今日は違う運転手かとホッとする。
バスは緑が眩しい公園を抜けて、小学校前を進む。
昨日の運転手はこの辺りで無駄に急停車したりしていたが、今日の運転手はイライラさせる
ことなく進んだ。
その先のカーブでも大きく膨らむことは全くなく、信号に引っかかった時の停車も滑らかだ。
(若そうなのになかなかいい運転するじゃないか)
ここ数ヶ月ぶりにいい運転に出会ったと松浦は運転手の方を見ていた。
背もたれにネームプレートがあるので、名前をふと見る。
(双海 …淳三郎 ?)
時代劇にでも出て来そうな古い名前だなと思っていると、運転手の車内アナウンスが流れる。
運転手がアナウンスするスタイルはいつ頃から始まったのか、思い出す。
少なくとも自分が小学生の頃はそんなに運転手は話をしていなかった。
運転手に話しかけるのもタブーだと聞いたことがあった。
それは運転に支障が出るためなんだろうとのちに気づいた。
大抵の運転手は停車している時にアナウンスをしているが、中には運転しながら話している
運転手もいて松浦はハラハラしていた。
今日の運転手は、チキンと停車している際にアナウンスしている。
ただ…
『き、今日は**交通をご利用いただきっ、ありがとうございますッ』
どうやらアナウンスは苦手のようである。
すっかり上がってしまっていて、たどたどしい。
『皆様、手すりなどお持ちいただいて…えっと…』
まるで学生みたいな話口調に、くすくすと笑い声が聞こえる。
OLはおろか、隣のサラリーマンも苦笑していた。
信号が変わり、結局アナウンスは途切れてしまう。
それでも運転は(松浦的に)完璧だった。
乗客が降車する際には、ICカードを翳す乗客一人一人に元気よく挨拶をしている。
松浦にも大きな挨拶をしてきた。
「ありがとうございましたッ!」
降りた後も、乗客は苦笑していた。それは嫌な笑いではないのであろう。
(…まあ、朝から元気に挨拶されて嫌な気分にはならないわな…)
松浦も例外ではない。
昨日の運転手とは雲泥の差だ。
すっかり足取りも軽く、職場へと向かった。
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