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第1話

「貴女のことが、好きです。」 震えそうな声を抑えながら、騎士は真剣な表情で告げる。 想いを告げられた碧眼の少女は、目を丸くしていた。言葉を継げないまま、ただ騎士の目を見つめることしか出来ない。 これは、実写映画の撮影ではない 彼らは、とあるゲームのキャラクターに変身した騎士と少女だ 「いきなりこんなこと言ってすみません!返事はすぐじゃなくていいですので。」 騎士は我に返って言葉を重ねる。ゲームのキャラクターではない、男自身の素の口調が出ていた。依然、無言の少女を前にした男は徐々に動揺を見せ始めていた。 「・・・ありがとうございます。」 少女はか細い声でようやく返事をした。声を出したと同時に顔を伏せられ、表情はよく見えない。しかし、深紅のワンピースの裾を両手で緩く掴んでいる手が震えているのが解った。やがて手の震えがおさまり、再び顔を上げて騎士と目を合わせた。 「返事をする前に、どうしても来て欲しい場所があるんです。明日はお時間ありますか?」 「特に用事もないので大丈夫です。」 「でしたら、明日の正午に此処に来てください。朔月(さくづき)さんのお名前でご予約をお取りしますので。」 数分前まで無言だったのが嘘みたいに、少女は話を始めた。騎士―朔月と呼ばれた男は、明後日の方向に向きつつある展開についていけなくなっていた。説明を反芻する暇もなく、少女から手渡されたカードを受け取るだけで精一杯だった。少女は騎士に一礼するとその場を去った。 この告白が、彼らの関係性を大きく変えることになる だがそれは、未だ誰も知らない ◇◇◇ 遡ること3年前 「ちょっと挨拶回りしてくるわ。」 親友・吉野充瑠(よしのみつる)はそう言うと、スペースを離れた。同人誌即売会の数あるスペースのひとつに、俺は売り子として座っていた。親友は所謂、同人描きだ。イベントがある時には、売り子をしたり買い子をしたりしている。 ―コスプレしてる人が居ると華やかだな 大型イベントだけでなくオンリーイベントでも、近年はコスプレ参加出来ることが多くなった。コスプレしたまま売り子をしているスペースは、見渡す限りでも2つ、3つあった。 「すみません。新刊一冊いただけますか。」 ぼんやりしていると、スペース前に人が現れて声を掛けられた。一番上に置いている見本誌のすぐ下を、慌てて引き抜いて顔を上げる。 「500円です」 顔を上げると同時に金額を伝え、初めて対面にいる人の顔を見た。肩まで伸びた真っ直ぐな黒髪、髪色と同じくらい漆黒の大きな瞳。衣装と顔の雰囲気から、俺の好きなゲームキャラのヒロインだった。・・・思わず見惚れてしまった。 お金はしっかり受け取ったが、その間のやりとりは覚えていない ゲームから飛び出してきたかのようなクオリティと美しさに、スペースを去った後も自然と目で追いかけていた。 「akiraさん、俺の本も買ってくれたのか。」 「うわっ、びっくりした!」 吉野が俺のすぐ後ろに立っていたことは、彼が言葉を発するまで気付かなかった。完全に意識の外に居た俺は驚きのあまり、思わず大きな声を出していた。 「いつの間に戻って来たんだ!?てか、さっきの人知ってんのかよ!?」 「まぁ、落ち着け。友達のスペースが俺の2つ隣なんだよ。話している時に、俺のすぐ後ろをakiraさんが通りかかったもんだから、どこに行くのかなって。俺も友達も話そっちのけで釘付けになっちまった。」 聞きたいことが頭に浮かんでそのまま言葉にしたため、矢継ぎ早に吉野に問い質す形になった。興奮気味だった俺は吉野に宥められ、ようやく質問に答えてくれた。吉野が直ぐ近くのスペースに居たことに、俺は全く気付きもしなかった。そして、一番聞きたかった回答が吉野の口から告げられる。 「akiraさん―さっき俺のスペースに来てくれた人、は有名なレイヤーさんだよ。クオリティもさることながら、めちゃくちゃ綺麗だったろ?」 俺は吉野の言葉に、真剣な表情で力強く頷いた。この世のものとは思えない程の美しさだった。吉野はスマホを取り出して、akiraさんのSNSの画像を見せてくれた。どの写真も、2次元から飛び出して来たようだ。 「今日のイベントはコスプレの撮影エリアもあるし、興味あったら見てきたらどうだ?」 親友のアドバイスに、俺は素直に従った。 撮影エリアで見たakiraさんのオーラの輝きに、その時完全に心を奪われたのだ。 ―俺も、akiraさんの隣に立ってみたい これが、全ての始まり 俺―桜井克樹(さくらいかつき)がコスプレイヤー・朔月として活動するに至った顛末だ

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