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第2話
――――――
「ここか・・・。」
克樹はある建物の前に立っていた。
大通りから一本外れると、人の量は一段と減る。その通りに目的の建物はあった。住宅ばかりが並んでいる中で、レンガ調の壁が目を引く。通りに面した壁は出入り口のドアがある以外はガラス張りになっていて、中は喫茶店のようだった。しかし克樹が、告白した相手―コスプレイヤーのakira、に来るよう指定された場所はこの建物の二階だった。
すぐ隣に階段があることに気付き、上って行く。上った先には扉があった。中央に店名が書かれ、カードに書かれたものに間違いなかった。指定時間丁度になり、克樹は扉を開く。
「お帰りなさいませ、ご主人様」
扉を開いた先、克樹に一礼しながらそう挨拶した店員は燕尾服を身に纏っていた。普通の喫茶店と思っていた克樹の頭は混乱していた。
「ご予約のお客様でしょうか?」
次にそう問いかけられ、克樹は反射的に予約されている名前を告げた。うっかり本名を言わなかったことに心の中で自画自賛する。案内された席に着くと、店員が椅子を引いてくれた。その場所に座った途端、ここが普通の喫茶店ではないことを唐突に理解した。
今、克樹が居る場所。コンセプトカフェの一つ、執事喫茶だ。
「この度はご帰宅いただき、ありがとうございます。当店の執事・晶(あきら)と申します。」
テーブルにメニューを広げ、店員は来店の挨拶をしていた。この店の説明をしてくれている彼の名前と克樹が告白した相手の名前が同じだな、と頭の片隅で思っていた。一通り説明を聞き終え、克樹はようやく店の雰囲気にも慣れてきた。克樹はとりあえずコーヒーを注文した。注文を聞き入れ、店員が席を離れようとする直前。
「リアルでは初めてお会いしますね。」
克樹の耳元で囁かれた言葉。
音が出る程の勢いで克樹は店員の方を見た。顔はよく見なかったが、肩にかからないくらいの茶髪に、高さを帯びた声の低さ。
「まさか・・・。」
克樹はこの時、盛大な勘違いをしていたことに気が付いた。彼が想いを打ち明けた相手・akiraは、女性キャラをメインとしたコスプレイヤー。そのため、akiraを女性と思い込んでいた。
「晶くん、今日も可愛いね!」
「お褒めにあずかり光栄です、お嬢様。」
克樹の対応をしていた店員が、別の女性客と話をしている。
彼女は、店員を男だと認識して話をしているのだ。克樹はその様子を席から眺めながら、内心では重大な事実と向き合っていた。
―俺、男に告白したんだな・・・。
◇◇◇
「お待たせいたしました。」
克樹は本日2杯目のコーヒーを注文していた。
場所は先程の執事喫茶ではない。ここは1階の喫茶店だ。執事喫茶で頼んだコーヒーが運ばれた時に添えられたメモに従って今この場所に居る。
メモには、“13時に1階の喫茶店に居てください 晶”と書かれていた。執事喫茶に入ったのが正午だったので、コーヒーの他に、ランチにとナポリタンを頼んだ。予想以上に絶品だった。指定された時間になるまで、克樹は店内をそれとなく見ていた。執事喫茶は女性が圧倒的に多いのだが、ちらほらと男性も入店していた。彼らの接客がほぼ100%と言っていいくらい晶がしていたのが印象的だった。
コーヒーを飲みながら、壁の時計を一瞥する
時刻は、もうすぐ13時になろうとしている
扉が開いたのと同時に、来客を告げる鈴の音がした
来店したのは、克樹が待っていた人物だ
「お待たせしてすみません。」
店内を見渡したその人物は、克樹の姿を見つけて真っ直ぐこちらにやって来た。そして、克樹の向かいに座って彼にそう告げた。注文を聞きに来た店員に、ウィンナーコーヒー、とだけ伝える。
2人の間に沈黙が落ちる
克樹は耐え切れずに頼んだコーヒーを一口飲んだ
テーブルにコーヒーを置いたと同時に、目の前に居る人物が頼んだウィンナーコーヒーが運ばれた。彼もまた、それを一口飲み、沈黙はようやく破られた。
「それでは改めて。はじめまして、akiraです。」
「こちらこそ、はじめまして。朔月です。」
互いにコスネームを言ってからおじぎした。その様子はまるで、見合いをしているかのようだ。改めて克樹は真正面からakiraの顔を見た。顔のラインを隠すように真っ直ぐ伸びた明るい茶色の髪、白い肌とは対照的な漆黒の大きな瞳、血色の良い小さな口。外見的な見た目に合わせて時折高音が勝る声のトーン。初対面の人の殆どが、女性と間違えそうなくらいの見た目の持ち主だった。
「・・・先日の件、すぐに返事をしなかったのは僕の見た目では中々信じてもらえないことが多くて。」
akiraは言葉を選ぶように慎重に発言していく。彼の働いていた執事喫茶のスタッフは、男性のみであることはメニューの裏面にしっかりと書かれていた。克樹にまず、akiraが男であることを知って欲しいがためにとった措置であったことを理解した。
「その上で、先日の・・・その・・・告白を、白紙にされるか否かを確認しようと思いまして。」
改めてakiraが気を遣っているのがわかるくらい、ゆっくりとした口調でそう続けた。幾度となくイベントでコスプレ併せをしていた克樹に対しての、とても丁寧な対応だ。
「・・・確かに、男性であることには驚きました。」
克樹は素直な感想を告げた。このような形でなければ、克樹もakiraが男であるということは信じなかっただろう。驚きも大きかった反面、今では彼の気遣いを嬉しく感じていた。
克樹にとってakiraは、憧れの人
そして、新しい世界を見せてくれた人だ
「けれど俺の、貴方への気持ちは変わりません。・・・同性に告白されて、迷惑だと思われていることでしょう。でも、もし1ミリでも迷惑でなければ、考えて欲しいんです。」
克樹の気持ちは、akiraが男であろうと揺るがなかった。過去に付き合った経験はある。相手は全員女性だ。告白され付き合って、向こうから別れを告げられる。そんな恋愛だった。
しかし、克樹が自分から告白したのはakiraが初めてだった
「・・・わかりました。時間はかかりますが、きちんとお返事します。」
akiraの回答に克樹の表情は明るくなった。ありがとうございます、と力強く克樹は礼を言った。
勘定を克樹がもち、1階の喫茶店を出て2人は帰路につくために解散した。人がまばらに通る道をゆっくりと歩いていく。
夕焼け空が広がる景色
akiraを恋情的に想う、克樹の心の色のようだった
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