33 / 191
【8】-1
少し話をするだけだと周防は言った。玲が周防を覚えていないから、しっかりと覚えてもらうのだと。
それはいったいどういう意味なのだろう。
やはり昨夜のことを言っているのかもしれないと考え、玲は不安になった。もしそうだとしたら、周防は玲がモデルの「レイ」だと気づいていることになる。
けれど、それを確かめる勇気はなかった。下手に探りを入れて藪蛇やぶへびになるのは嫌だし、まだ、そうと決まったわけではない。
往生際悪くそんな期待を抱くのは、それなりの理由があるからだ。
曇りのないショーケースをさらにピカピカに磨き上げながら、玲は今朝のテレビ画面に映し出された自分の姿を思い出した。
拓馬や伊藤の言葉に嘘はなかったのだと思った。玲が恐れていたよりも、モデルの「レイ」はずっとまともだったし、十分に美しかった。自分で言うのもおかしいが、本当に美しかったのだ。
外見の情報は、人が人を判断する時にとても大きく影響する。
あれだけ完璧に化けていたなら、「レイ」が実は男だと見抜く人間はそうそういないのではないか。玲をよく知る人間なら、あるいは気付くかもしれないが、ほとんど初対面の状態では難しい気がする。
希望的観測も大いに含まれているが、玲は「バレていない」という選択肢に賭けてみることにした。少なくとも、敢えて自分から余計なことを言うのはよそうと心に決めた。
しかし、それでは周防はいつのことをさして、玲が彼を「覚えていない」と言っているのだろう。
どんなに考えても、玲が周防と間近に対面したのは就職試験の役員面接の時だけだ。周防は一度会えばそう簡単に忘れられる男ではない。どこか別の場所で会ったことがあるなら、絶対に覚えているという自信があった。
周防グループの中でも全体の持ち株会社の位置づけにある『周防インターナショナルホテルズ&レジデンシャル・ホールディングス』は難易度も人気も高く、玲が最終の役員面接に臨めたことは奇跡に近い。しかも、結果的に採用通知を受け取ることができた。奇跡そのものだ。結果的にその奇跡は泡のように儚く消えてしまったけれど。
ともだちにシェアしよう!