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【8】-2

 周防はホテル部門の取締役として、長い机の端に座っていた。緊張し、正面を向いて受け答えしていた玲は、視界の隅にいる彼の存在は認識できても細かい様子まで観察する余裕はなかった。  ただ佇まいが美しい人がそこにいたことは感じていた。部屋を出る時にチラリとそちらを確認したのはそのせいだ。  そして、その人物が経済紙なのにグラビアのような大きな写真で紹介されていた「周防智之」という人だということは、その場で確認した。  役員による最終面接には百人以上の志望者が挑んだはずで、その一人一人を周防がどの程度記憶しているのか想像がつかない。けれど、面接の場で特に印象に残る出来事があったわけでもなく、周防が玲を覚えていたとしても、その理由がわからなかった。 (それに、すぐ辞めちゃったし……)  入社して同じ会社で働いていたなら、多少は顔も覚えてもらえたかもしれないが、最初の研修で事実上のクビを言い渡された玲には、その後の接点がまるでない。  やはりよくわからないと思いながら、高価な宝石たちをピカピカの硝子越しに眺める。一般庶民の給料何か月分かに相当する小さな小さな石たち。  どうか、昨日のことではありませんように。  胸の奥に、祈りにも似た思いが浮かび上がった。  玲は「レイ」のまま、周防の中にいたかった。甘く触れられた時間は魔法が作り出した嘘だったとしても、黒い瞳と見つめ合った瞬間に感じた思いは嘘ではないような気がした。  周防に触れられてから、玲はおかしい。自分の中の何かが変わったように感じていた。  それが何かはまだわからない。わからないけれど、その何かをおざなりに扱いたくはなかった。  そっと大切に胸にしまい、ゆっくりと時間をかけて謎を解きたい。それを胸に抱えているだけで、どうしてか、ふわふわと優しい気分になるのだ。

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