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【21】-1
午後七時に『ホテル周防インターナショナル』のロビーで。
周防との約束をぼんやり思い浮かべながら電車に乗った。
六時に人と会う約束があるので少し遅れるかもしれないと、周防は言った。
『遅れても、待っていて。必ず行くから』
耳をくすぐる声で囁き、玲が了承すると『いい子だ』と笑った。
瀟洒な造りの『周防レジデンシャル』のオートロックを抜け、コンシェルジュ・デスクの前を通ってエレベーターに乗った。
拓馬の部屋に着いて時計を見ると、約束の時間にはまだだいぶ早かった。家政婦には途中で連絡を入れたので、夕飯の準備は一人分。冷蔵庫を開け、ミネラルウォーターのボトルを出してリビングに向かった。
スマホを開いて、『SHINODA』のニュースを検索する。
一昨日からの人気沸騰ぶりが記事になっていた。今日も忙しかったに違いないと、どこか遠い気分で考えた。
テレビをつけると刑事ドラマの再放送が流れた。チャンネルを変えると、周防の婚約が近いという話題を流すお茶の間情報番組が二つ。
手持無沙汰にソファの前に立ち、玲は画面を眺めた。
なんだか、全てに実感がわかなかった。
『ケアンズ旅行の最終日……』
最後にあんなことさえなかったら。
そう言った母と姉に、玲は「あんなこと」とは何かと聞いた。二人は互いに一度目を見交わし、躊躇いがちに、けれどどこか意を決したように、当時のことを語り始めた。
翌日の便で東京に帰る、最後の滞在になる日だった。
その朝、父と姉が揃って体調を崩した。軽い頭痛と倦怠感を訴えるが、熱はない。おそらく旅の疲れが出たのだろうと母は冷静に考えた。
帰国後はすぐに仕事と学校が始まる。日本から携行した市販の頭痛薬をのみ、一日ホテルでゆっくり休もうと提案した。
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