112 / 191

【22】-1

 お堀の緑を右手に見ながら外苑通りを歩く。  風が強く吹いて、シャツの裾がはためいた。日没を過ぎると空気が急にひんやりする。 「台風、来るのかなぁ」  すれ違う人の声に、スマホの検索画面の隅に出ていた天気予報を思い出した。  緩くカーブする道路の正面に三十一階建ての瀟洒な建物が見えてくる。無数の窓に灯る明かりで建物全体が金色に輝いていた。  小さな庭園を横切るサブロードから敷地に入ると、メインエントランス前の絢爛たるコリドーに人だかりが見えた。  どこかの国の貴賓か有名な芸能人でも宿泊するのかもしれない。  ホテルの提携先やショップ店員のための地下通用口に向かいかけ、今日はバックヤードを通る必要はないのだと気づいた。  人だかりのある正面入り口を避け、ショップ側の小さなドアから光の溢れるメインロビーに足を踏み入れた。  きらびやかなドレスの集団は結婚披露宴や何かの祝賀パーティーに出席する人々だろうか。まばゆく光るシャンデリアの下で、美しく着飾った女性たちが黒いフォーマルスーツの男性たちに守られるように立ち、笑いさざめいている。  ぼんやりとしていたせいで、玲の服はエレナの見舞いに行った時のままだ。生成りのシャツとコットンのチノという普段着。清潔にしてあるが『ホテル周防インターナショナル』の豪華な空間にはいかにも場違いだった。  高層階のレストランで食事をするなら、一度戻ってスーツに着替えたほうがいいかもしれないと気づいた。  踵を返しかけた玲は、スーツ姿の女性二人とぶつかりそうになった。 「すみません」 「こちらこそ……」  足早に歩きながら、彼女たちは興奮気味にしゃべっている。

ともだちにシェアしよう!