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【25】-1
拓馬が周防を殴った。ぐうで。
「何をする」
「目の前で身内のイチャラブっぷりを見せつけられるのは、地味にキツイんだよ。どこかよそでやってくれ」
言い分はごもっともだ。
玲も「ごめん」ともごもご謝り、そそくさと周防から離れた。
「スーツと靴はホテルのクリーニングスタッフに渡してくれ」
周防は拓馬にそれだけ言うと、玲の肩を抱いて玄関に向かった。
「どこ行くんだよ」
「二十四階」
「二十四階?」
拓馬には答えず、周防は歩き出した。
周防が滞在している『ホテル周防インターナショナル』のスイートはもう少し上の階だった気がするけれど、細かいことを考えている余裕はなかった。
「おいで、玲」
催眠術をかけられたように周防の言葉に従う。エレベーターを待ちながら「夕飯はまだだったな?」と周防が聞いた。
頷くと「少しは何かあっただろう」と、独り言のように呟いた。
一階のロビーに降り、コンシェルジュデスクの前を通って正面玄関を出る。オートロックの厚いガラス扉が背後で静かに閉じた。
外はまだ横殴りの雨が降っていた。
「ど、どこに行くの?」
タクシーを呼ぶならコンシェルジュに頼んだほうが早い。
「いいから。ついておいで」
雨をよけながら建物の脇を進み、目立たないゲートを抜けて『周防レジデンス』の裏手に回る。そこにはもう一つ入り口があった。
従業員用の通用口かと思ったが、それにしては造りが瀟洒だ。正面玄関と同じ意匠で端正に整えられている。
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