2 / 4

中編

 約一か月半後、アイツからのメールが届いた。久しぶりに文明を感じる場所に出て来たと書いてあった。たしかアイツはカメラ関係の仕事だと思ったが、いったい南米で何やってるんだろうね。アイツは涼やかな見た目をしてるワリに、やること全てがワイルドなんだよなぁ。  そして肝心の返事だが、オレに送ったものは間違ってはいないそうだ。再度『おまえにはそっちの才能がある』って書いてあった。お試しで少しだけ手を出してみることを推奨していた。更に言うと、絶対ハマると力説もしてあった。  そっちって、……あっちのことだよなぁ。  オレはノーマルなんだが。恋愛は可愛い女の子一択なんだが。オレ以外の男は全員ライバルであって恋愛対象では無い。ただし毎回ライバルに負けてしまう為、オレは一度も彼女が出来たことは無い。ライバル恐るべし。 「…………」  別に使うつもりは無いのだけど、何となく気になって、棚の奥からあの箱缶を引っ張り出してきた。いや、使うってワケじゃないぞ。何となく読書をしたい気分なんだけど、たまたま読む本が無いだけなんだ。だから仕方なくこの箱に入ってる小冊子でも読もうかと……。ほら、これも一応読み物だからさ。  独り暮らしだし今はオレ以外誰もいないから言い訳する必要は無いのだが、でも何か言い訳しないと拙いような気がしてだな……。まあいいじゃないか。オレは活字が好きなのだ。  とりあえず自分で自分を納得させてから小冊子を手に取った。  小冊子、つまり取扱説明書によると、上段にあるパステルカラーの棒は、初心者向けのアナニー用ディルドなのだそうだ。全てシリコン製で、細い方の二本は、タコの脚のようにぐにゃっと曲げることが出来るようになっているとか。これはアナニー初心者が、硬いものをケツ穴に突っ込むことに対する恐怖心を緩和するためなんだと。ちなみに一番細いやつは小指の半分以下の太さだから、ローションさえ付ければ慣らしをせずとも挿入可能だと書いてあった。  何となく一番細い棒、ディルドを手に取ってみる。試しに半分に曲げてみたところ、ぐにゃりと曲がったが折れることは無かった。手を離せばもちろん元通りだ。シリコン製と言うのもあって、こいつはスベスベしていて手触りは良い。  この一番細いやつは拡張用ではなく、感覚を馴染ませるのを目的としたものだそうだ。あそこは出す場所であって入れる場所じゃないからな、こんなに細いやつでも違和感バリバリにありそうだ。だから最初はこれを挿入したまま数分過ごすってのを繰り返すんだそうだ。少なくとも一週間はこの一番細いのを使い、慣れたと自分で思えたら次の太さを試してみるとか。この二本目のサイズを入れて精神的な気持ち悪さや恐怖心が無くなったら、ここでようやっとアナニーに挑戦してみようって段取りになるらしい。  何と言うか、アナニーっていろいろ大変なんだな。普通の自慰だったらチンコ擦ってお終いって手軽さなのに、アナニーは始めるまでの準備にかなりの日数が必要なんだもの。それでもやる人がいるのは、きっととてつもなく物好きなんだろう。オレだったら絶対やんねぇ。一生やることは無いな。無い……よな? 「…………」  何故オレは今、脱脂綿に『消毒用』と書かれたボトルの液体を含ませてるんだろうか? 何故その脱脂綿で一番細いディルド――薄ピンク色である――を拭いているのだろうか? それからローションと書かれたボトルのフタを開けて、手のひらに落としてからディルドを握っていた。  そう言えばオレは、何時の間にパンツを脱いだんだろう? そして何故、オレのムスコは微妙に鎌首を持ち上げてるんだろうか?  ま、まあ良いじゃないか。せっかく貰ったんだし、手つかずの状態で棚の奥でホコリをかぶったままにしておくのは送り主に申し訳ないしな。一度くらい試してからホコリをかぶせておいた方が良心が痛まない。試したけどやっぱりオレには向かなかったと答えれば、それで全てまるく収まるってことだ。ヘンな波風はたたせない。それが大人の対応ってもんだから。  ちゅうことで、ゴクリと唾を飲み込んでから、ローションをまとったディルドをケツの穴に……とやろうとして、そこで止まった。この場合、どんな体勢でやるのが正解なんだ?  小冊子にはラクな体勢でとしか書いてなくて少々迷ったが、結局ベッドの上に仰向けに寝転がることにした。それから左腕で左脚の膝裏を抱える。右脚は軽く曲げた状態で、これでスタンバイオーケーだ。冷静に考えたら恥ずか死ねる体勢だが、なるべく今は考えないように。そして……、いざ、挿入。 「ん……」  恐ろしいことに、それはすんなりとオレのケツの中に入って行った。何かが入ってると言う違和感はあるが、ディルドが細すぎるからか痛みとかは全く無かった。恐る恐るもう少し奥まで入れてみる。……うん、問題無い。ディルド自体は入れ過ぎを防止する形になってるので、全部入って抜けなくなるような心配は無い。刀の鍔を連想するような形だ。これも初心者向けの親切設計ってことだな。  暫くそのままにして大丈夫そうだったので、少しだけ動かしてみる。初日から動かしてみるかどうかは本人次第だって書いてあったからな。もう明日はやらないと思うから、今日のうちに試しておこうってことだ。で、動かした感触だが、ぞわっとしてヘンな声が出そうになったので少々焦った。決して気持ち良いってワケじゃない。  と言うことでお試しは終了だ。ディルドは専用の洗浄液でキレイに洗ってから消毒しておいた。余談だが、この洗浄液や消毒液なんかはネットから注文できるそうだ。身体に優しいタイプのものらしい。特に粘膜はデリケートだから、粗悪品には注意した方が良いとも書いてあった。まあオレはもう使わないから関係無いけど。  そう思った日は何処へ?  気が付けば、寝る前の儀式の如く毎晩自分のケツに細いディルドを突っ込む毎日だ。既に一番細いのは卒業して、今は二番目のサイズになっている。色はレモンイエローって言うのかな。色だけだととても爽やかで、使用目的とのミスマッチに微妙な背徳感を感じてしまうのは仕方ない。もしかしたらそれが目的なのかもしれない。 「やっとこいつも卒業だな」  既にこのディルドも使い始めて二週間になる。じっくり馴染ませたいなら二週間はみた方が良いと取説に書いてたからなんだが、実は数日前から物足りなくなってきてたんだ。三本目のディルドから本格的なアナニーが始まるって文言に最近のオレは期待感が高まってしまい、ここまでガマンするのが大変だった。  三本目以降のディルドからはグニャグニャしない作りだ。まだ唯の棒みたいな形だが、これが四本目五本目と進むと微妙にチンコの形に近くなっていくんだよな。初めて見たときはただの棒かと思ったけど、実際は違ってた。もちろんパステルカラーのこれらはそこまでグロテスクじゃない。問題は箱の二段目に入ってる黒いブツだ。便宜上六本目と呼ぶが、この六本目だけ形もサイズもまるで違うんだよ。五本目から六本目にシフトするときにサイズ差がありすぎて、もしかしたら入らないかもと思ってる。  翌日、お待ちかねの三本目ディルド初日だ。実は今日は朝からそれが楽しみで、仕事も残業せずに真っ直ぐ帰って来たのだ。いつもより早めの晩飯と風呂を済ませてベッドでスタンバイ。とりあえず取説(バイブル)である小冊子を手に取る。フンフンと鼻歌を歌いながら目的のページを読み始め、そこでオレは初めての難関にぶち当たったことを悟った。  実はオレ、自分のケツ穴に一度も指を入れたことが無いんだ。  だってほら、慣らし用のほっそいディルドがあったじゃんか。一番細いのは小指の半分も無いんだぜ。二番目だって小指以下だ。慣らしで毎晩やってたから、入り口をほぐすなんて作業も必要無かったんだよ。でも三番目からはこの『ほぐし』って作業が必要になるらしい。  正直本当にやれるかどうかは不安だったが、とりあえず爪を切ってそれからヤスリでキレイに磨いてみた。自分の爪が凶器になるのは困るからな。それに小さな傷も大事になりやすいから、ここは気を使い過ぎるくらいが丁度良いらしい。もちろんその後手はキレイに洗った。爪の粉だって粘膜には立派な凶器だ。  最初っから指ってのはハードルが高いから、とりあえず二番目のレモンイエローのディルトにローションを付けて挿入。このサイズならほぐしも必要ないからさ、気持ちを落ち着ける為にもまずはここから。身体に馴染んだら軽く動かしてみる。特に快感を得られてるワケじゃないのだが、未知のと言うかここ最近知ったばかりの感覚に背筋が微妙にゾワゾワする。これが妙にクセになるカンジで、だからついつい毎日続けてしまったってことなんだ。何と言うか、この先にもっと何かあるような、薄っすらとそれを期待させるような感覚なんだよなぁ……。  時間にして十分弱くらいだろうか。何とか心の準備が出来たので、手のひらにローションを出して指先に纏わせた。薬指の先でケツ穴を触ってみる。おっかなびっくりやったからか、妙にくすぐったかったし。まずは中に入れるんではなく、穴の回りを撫でてみる。ちなみに薬指と言うのは指示されたワケじゃない。指の太さを考えて、まずは細い方からと考えたのだ。ただし小指は却下。小指は使い慣れないから無理だろうって判断だ。  自分で自分のケツ穴をじっくり触ると言うのは、何とも言えず奇妙な感覚だった。ここまでじっくりゆっくりと言うのは初めてだし、しかも意外と指先って繊細な感覚を脳に伝えてくるみたいなんだ。この行為にものすごい背徳感があって、少し興奮してきたかもしれない。  この、ケツ穴に指を入れる行為だが、気になるようであれば指サックなんかを利用しても良いそうだ。しかも驚くことに、アナニー専用の指サックなるものが存在してるらしい……。もっと早くこの部分を読んでいたら、もしかしたら指サックを購入してたかもしれない。だがしかし、今のオレは指サックが届くまでお預けを喰らうのは遠慮したい。直接指を入れてみて不快感が自分の中にあったなら、後日注文してみようかとは思うけど。  よし……、そろそろ行くか。自分の指を入れると言うことに対する拒否感より、早く三本目のディルドを試してみたいと言う気持ちの方が大きいのを自分で確認できたから、男は度胸だ、お待ちかねの次のステップに進むことにしよう。  再度指にローションを纏わせて、つぷりと先っぽを入れてみた。穴の回りを軽くマッサージしたのが良かったのか、ほとんど抵抗も無く指が入って行った。とりあえず第一関節までだ。一度指を出し、それからまた入れた。馴染むまで暫くそのままだ。そのままだが……。 「うぅぅ……」  無理だ。

ともだちにシェアしよう!