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始まりの日の話 1

──── 「これはどの部屋に置きますか?」  「あ、そっちのは奥の部屋に。もう一つのは手前の部屋にお願いします」 よく晴れた日。何もないガランとした部屋にダンボールや家具が次々と運び込まれる。 今日は俺たちの始まりの日だ。 なんて言うと大げさかもしれないけど、この春からお互いに大学生になるため、お互いの大学の真ん中あたりに二人で住む部屋を借りた。 間取りは2LDKで見晴らしのいい高台にある。 俺たちは引っ越し屋さんが来る少し前に来て掃除などを済ませ、荷物が来るのを待ちわびていたわけだが、いざ運び込まれ始めるとあっという間に忙しくなって少し汗ばんできた。 たまらなくなってまだカーテンのかかってない窓を開けると爽やかな風が舞い込んでくる。 今日の天気は雲ひとつない快晴。朝晩はまた少し肌寒いものの日中の日差しは燦々と気持ちよく、新しい門出の日にはもってこいの天気だった。 「お荷物は以上でお間違いないですか?」 「あ、はい。ありがとうございました」 二人で見送ると修平が俺の顔を嬉しそうに覗き込んだ。 「これから片付けしなきゃだけど、いよいよって感じだね」 「うん。これから始まるんだな」 ダンボールが積み上げられたままの部屋を見渡して、そしてどちらからともなく視線が合いまた笑い合った。 「母さんがさ、修平に迷惑かけるなって言ってた。かけねぇって言い返してやったけどさ」 すると修平はクスっと笑いながら俺の髪をそっと撫でる。 「おばさんも心配してるんだよ」 「でも俺が迷惑かけるって決めつけてるのがおかしい!」 「僕としてはもっと迷惑かけられたいけどね」 「お前はそんなことばっかり言うよな」 呆れた顔で見るも修平は嬉しそうにするだけで思わずため息が漏れた。 「よし! 荷解き始めちゃおうか」 そう言いながら修平が部屋に戻ろうとするので、ハッとしてその袖口を掴んで引き止める。 「どうしたの?」 引っ越しの荷物を運び終えたらまずやってみたいことがあったのだ。 荷解きも始めてないし、まだまだ住める形にもなってないけど、これをやってみなきゃそわそわしてしまって片付けが進まない気がする。 「なぁ、修平。一回、外に出てよ」 「どうして?」 「いいから、外出したていで入ってきて」 「外出したていって?」 「早く!」 首を傾げたままの修平を押し出すと、修平はゆっくりとドアノブを回してドアの隙間から顔をのぞかせた。 「ねぇ、千秋? 普通に入ってきたらいいの?」 「外出したていって言ったじゃん」 「いや、その外出したていって……」 一向にピンときてない修平に俺は眉をひそめた。 「なんだよ。つか、修平! ただいまって言えよ」 「え?」 「これからそう言うわけじゃん。一緒に住むんだし、ここが俺らの家になる……わけ、だろ? だから、最初の……ただいま……が、聞きたかった」 言ってるうちに恥ずかしくなって、いつものように口調が尻すぼみになると。 「そっか、そういうことか」 意図を理解した修平が目を細めたので思わず視線をそらしてしまう。 「お、お前がただいまって言ったら……お、おかえりって……言ってやろうかなって。せっかく……二人で……住むんだしさ……」 口籠もりながら伝えれば修平はさらに優しげな表情になって踵を返し、再び玄関のドアを開けた。 そしてひと呼吸置いてゆっくりとドアを開ける。 「ただいま」 あんなに強要したくせに修平の初めてのただいまは優しい声で、思った以上に照れた。 そしておかえりのタイミングをほんのわずか逃してしまうと修平は俺の顔を覗き込む。 「おかえりって言ってくれないの?」 「い、今言おうとした! お、おかえり」 「ただいま」 たったそれだけの言葉なのに、これからここが俺たちの家だって思うだけで特別なものに感じて胸の真ん中が温かくなった気がした。 それは修平も同じだったようで。 「ただいまって言うと僕たちの家なんだって、なんか実感した」 修平の言葉にまた人知れず喜びを感じて思わず顔が綻んでしまう。 「俺も、そう思ってた。なんか恥ずかしいけど」 「改まって言うとなんか照れるね」

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