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始まりの日の話 2

すると修平は目を細め、俺にも一度外に出て帰ってきてほしいと言った。 「次は千秋の番」 「わ、わかった」 外に出て、同じようにひと呼吸おいてからドアノブを回す。そして俺も初めての「ただいま」を言うと。 修平が優しく微笑んで「おかえり」と言ってくれた。 それが擽ったいけど嬉しくて、満足しながら靴を脱ごうとすると、不意に修平の手が伸びてくる。 そして、腕を引き寄せられたかと思うと同時に唇にちゅっとキスされた。 「な、なに」 「おかえりのキス」 「お、おかえりのキス!?」 「さっき、千秋は忘れてたみたいだけど、これからは行ってきますのキスとおかえりのキスは絶対だからね」 「はぁ!? なにそれ!」 「知らないの? 同棲したらみんなしてるんだよ?」 「う、嘘だ!」 「嘘じゃないって」 「お前、いっつも自分に都合のいいことばかり言うって知ってるんだからな」 そんな言い合いをしながら振り上げた腕を修平か掴んでまた自分の方に引き寄せた。 バランスを崩した俺はそのまま抱きつくように胸の中に収まってしまい、離れようとするもそのまま強く抱きしめられて離れることも出来ない。 でもこのままだとなんか悔しくて腕の中でもぞもぞと小さな抵抗をしていたら、暫くして頭上から優しい声が響いてきた。 「ごめんね。僕、今すごく浮かれてるんだ。これから千秋と一緒に同じ部屋で生活できるって考えたら昨日もなかなか眠れなかったから」 それが意外に思えて抵抗する動きが少し弱まる。 「……え? 修平でもそんなことあるの?」 「あるよ」 修平は抱きしめる腕に力を込めると俺の頭にキスを落とす。 「これからは千秋と一緒の家に帰るんだ。また明日って見送らなくていい。ずっと一緒にいられる。それが浮かれずにいられると思う?」 その話を聞きながら顔が熱くなるのを感じて、抵抗するのは諦めて修平の胸に顔を埋めた。 それは少なからずとも俺も思っていたことで、修平の気持ちが伝わってきてまた胸がじんとする。 そして、修平の優しい声が響いた。 「これから、今まで以上にたくさんの思い出を一緒に作っていこうね」 「……うん」 「挨拶はちゃんとするようにしよう。例え喧嘩しても、話したくない時があったとしても挨拶だけはちゃんとしよう」 「わかった。挨拶はどんな時でもする」 俺もそっと修平の背中に手を回した。 「俺も、掃除とか洗濯とかするから」 「わかった」 「当番とか決めよう。それも喧嘩してもちゃんとしような」 「後で決めようね」 修平がそっと体を離すので見上げると、その目が優しく細まりどちらからともなくキスをした。そしてそれは次第に深いものへと変わっていく。 そして絡み合った舌が名残惜しそうに離れると、修平は微笑んだ。 「どんな時でも行ってきますとただいまのキスしようね」 「…………」 「あれ? この流れだったらわかったって言ってくれると思ったのにダメだった? でも、キスは絶対だからね」 「……修平、お前なぁ」 修平はクスクス笑うと髪をひと撫でして踵を返した。 「さぁ、荷解きしよう。ひとまず今必要なものから出していこうか」 「おい! 待て! 話はまだ終わってない!」 「日が暮れちゃうよ」 「おい、こら! 待て、修平!」 結局、行ってらっしゃいのキスとただいまのキスをするか否かはうやむやになってしまったが、片付けに追われてなんとか形になった頃には夕方になっていた。 「まずはこんな感じかな。また次の日曜日に足りないものを買いに行こう。お腹減ったね。なにが食べたい?」 「なにがいいかなぁ」 「千秋の好きなものにしようよ。初めての僕らの夕食なんだから」 「じゃあ、オムライスがいいな。でかいやつ」 ──その数十分後、リクエスト通りの大きなオムライスにケチャップで『祝☆ひっこし』と書いて二人で食べた。 二人で食べる夕食は今まで何回もあったけど、これからここが俺たちの家なんだって思うだけで今までの何倍も何十倍も美味しく感じるから不思議だ。 「すげーうまい」 さっき挨拶はどんな時でもちゃんとしようって約束したけど、これからは思っていることも恥ずかしがらずに伝えるようにしようって心の中で思う。 「ありがと……修平」 「どういたしまして」 当たり前のことを二人でちゃんと。 二人で大人になっていくための第一歩だと思うから。 これからも、よろしくな。 《始まりの日の話・終》

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