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雨が降りそうだったから 2
振り返ると修平はなぜかその真っ赤な折りたたみ傘をきれいに畳んで鞄にしまおうとしていた。
「なんでしまうんだよ。雨、降ってんぞ」
雨は止みそうになく、音を立てて降り続けているというのに、修平は何事もなかったかのようにあっけらかんとして言う。
「あのね、僕。傘を持ってくるのを忘れちゃったんだ」
「だから借りたのがあるだろ」
すると修平は澄ました顔でかぶりを振り、更に続けるのだ。
「持ってないんだよ。だから、同じ方向だしさ、入れてくれない?」
「だから、傘借りたんだろ?」
でも修平は頑なに傘は忘れてしまって持っていないと言い続ける。何回聞いてもだ。
そのやりとりに先に根をあげたのは俺の方で、
埒があかないので仕方なく傘に入れてやると嬉しそうにしながら持ち手を奪い、俺の肩を抱き寄せた。
「ほら、濡れちゃうからこっちに寄って」
修平が俺の方へと傘を傾けるから、修平の肩がほんのりと濡れていた。
「お前が濡れちゃうじゃん」
すると修平はにっこり笑って俺のことを更に抱き寄せる。
「うん。僕も濡れちゃうからもっと千秋もこっちに寄って」
そして顔が近付くと耳元に俺だけが聞こえる声で囁くように言ったんだ。
「迎えに来てくれてありがとね」
「お、俺は、コンビニと本屋のついでに寄っただけって言ったじゃん」
俺が眉をひそめると修平は目を細めて、さらに傘を傾けると隠れるように触れるだけのキスをした。
「そうだったね。相合傘が嬉しくて、つい千秋が迎えに来てくれてたら嬉しいなって思っちゃったんだ」
あまりに嬉しそうな顔をしていたものだから、思わず目を逸らしてしまったけど、実のところ俺も相合傘には憧れもあったし嬉しくて頬が緩んでしまう。
すると修平が俺の髪をそっと撫でた。
「雨の日は千秋の髪の毛が、ちょっとくるっとなってて可愛いね」
「湿気でそうなるんだ」
「柔らかいからね。でも僕はくるっとなってるのもなってないのも、どっちも好きだな」
「勝手に言ってろ! 湿気知らずのサラサラ髪め!」
「褒めてくれてありがとう」
「褒めてねぇーし!」
口を尖らせるとまた修平は傘を傾けて軽いキスをする。
普段こんな道の真ん中でキスなんてできないのに、この傘の中だけは俺たちだけの世界に思えて少し胸が弾んだ。
雨の日はあまり好きじゃない。足元はぐちゃぐちゃになるし湿気も多くて鬱陶しい。
でも、一本の傘で歩くことや、隠れてキスが出来るのは……ちょっとだけ雨の日が好きになったかもしれない。
《雨が降りそうだったから・終》
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